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  • 疲労の原因が貧血だったのは2.8%。ただし貧血がなくても鉄は減る

    疲労の原因が貧血だったのは2.8%。ただし貧血がなくても鉄は減る

    疲労を主訴に受診した人のうち、原因が貧血だったのは2.8%でした。いちばん多いのは睡眠障害とうつ病です。

    ただし逆のことも起きています。ヘモグロビンの基準をクリアした400mL献血者を調べた研究では、初回・再開の女性献血者のおよそ3分の1に鉄欠乏が見つかりました。「貧血なし」は「鉄が足りている」ではありません。

    疲れと鉄は、両側から外れます。そして厚生労働省は、自己判断での鉄サプリメントの利用を控えるようはっきり書いています。

    まず、疲労の原因の内訳

    疲労を主訴に受診した人を調べた総説によれば、原因の分布はこうなっています1。

    鉄から入るより先に、睡眠のほうを確かめるほうが当たりやすい、ということになります。飲酒の習慣も、ここに含まれます。

    そのうえで、鉄の話に入ります。

    ヘモグロビンが正常でも、貯蔵鉄は別

    健康診断で見る貧血の指標はヘモグロビンです。一方、体に蓄えられている鉄の量を反映するのがフェリチンで、これは通常の健診項目には入っていません。

    この差が実際にどれくらいあるのか。日本赤十字社が400mL全血献血者2,659名を調べた研究では、初回・再開の女性献血者のおよそ3分の1に鉄欠乏が見られました2。

    献血者は、ヘモグロビンの基準をクリアした人たちです。それでも貯蔵鉄のほうは減っていることがある。「異常なし」が答えている問いは狭いのは、ここでも同じです。

    ただし、フェリチンには読み方がある

    ではフェリチンを測れば分かるのか、というと、ここに落とし穴があります。

    日本鉄バイオサイエンス学会の診療指針は、こう書いています。

    血清フェリチンは悪性腫瘍,肝障害,感染症,炎症などの存在下では貯蔵鉄量とは無関係に上昇するため,血清フェリチンが正常範囲であっても鉄欠乏が除外できない3。

    WHOも同じ問題に対応していて、感染や炎症が広がっている地域では、フェリチンと同時にCRPなどの炎症マーカーを測るべきだとしています4。

    つまりフェリチンは、一点の数値だけでは読めない検査です。低ければ鉄欠乏の可能性が高いのは確かですが、正常だからといって鉄欠乏がないとは言えません。

    鉄を補うと、何が変わるのか

    貧血がない鉄欠乏の人が鉄を補うと、自覚する疲労は減りました。ただし、運動で測る持久力は変わりませんでした。18件の試験(計1,170名)を集めた系統的レビューの結果です5。

    プライマリケアで疲労を主訴とした人の原因の内訳。うつ病18.5%、重篤な身体疾患4.3%、貧血2.8%
    疲労はプライマリケア受診理由の10〜20%を占めます。最も多い原因は睡眠障害・睡眠関連呼吸障害、うつ病、過度の心理社会的ストレスとされています1。

    変わったのは自覚のほうで、走れる距離や持てる重さは変わっていません。

    なお、これらの試験で使われたのは医療用の鉄剤(元素鉄80mg/日など)や静注鉄で、市販の栄養機能食品とは量も剤形も違います。栄養機能食品として鉄を表示できる上限は1日10mgです6。研究の結果をそのまま当てはめることはできません。

    厚生労働省が明記していること

    ここが、この記事で最もはっきりしている部分です。食事摂取基準2025年版には、こう書かれています。

    鉄欠乏でない人が鉄の摂取量を増やしても貧血の予防にはつながらない。鉄欠乏又は鉄欠乏性貧血の場合の鉄補給は必要であるが、医師の指示に従って実施するものであり、個人の判断でサプリメント等を用いて鉄補給を行うことは控えるべきである7。

    2025年版では鉄の耐容上限量の設定が見合わせられました。同じ報告書が、その理由も書いています。定量的な関係が明確でないため設定を見合わせた、そのうえで推奨量を大きく超える摂取は控えるべきだ、と7。

    食事だけでは埋まらない場合

    月経の量が多い場合は、食事だけでは埋まりません。月経の変化そのものが気になっているなら、確かめる順番は別にあります。食事摂取基準はこの点にも触れていて、過多月経の人については推定必要量が大きく上がるため、医療機関を受診して基礎疾患の有無を確認したうえで鉄補給を受ける必要があるとしています7。

    そのほか、疲労が数週間以上続く、体重が減っている、息切れや動悸がある、便が黒い。これらは鉄だけで説明がつく組み合わせではありません。鉄を足して様子を見ると、別の原因が隠れたままになります。

    順番を間違えないこと

    もう1つ、鉄には酸素運搬以外の役割が挙げられています。RESONA-LABの結果報告書は、鉄の「解毒への関与」として「肝臓の代謝酵素の補因子」と記しています9。異物を処理する第I相の中心はシトクロムP450という酵素群です。

    ただし、これは「解毒のために鉄を足す」理由にはなりません。この記事で見たとおり、疲労を主訴に受診した人のうち原因が貧血だったのは2.8%。順番は変わらず、足りているかを先に確かめるほうです。フェリチンには読み方があり、炎症で上がります。

    鉄が足りていない人は、実際にいます。問題は、確かめる前に足してしまうことです。

    日本人女性の鉄摂取量は20〜40代で1日6.3〜6.6mg、推奨量は月経がある場合で10.0〜10.5mgでした87。ただしこれは集団の平均であって、自分の話ではありません。

    「疲れやすい=鉄が足りない」と直行すると、確率の高いほうを飛ばすことになります。疲労の原因として最も多いのは睡眠とうつ病で、貧血は2.8%でした。睡眠の側は、検査の指標と本人の感覚がずれることが分かっています。

    そのうえで鉄を疑う理由があるなら、次は自分で買うことではなく測ることです。ただしフェリチンは一点では読めず、正常値でも鉄欠乏を除外できません。検査はそれぞれ違う問いに答えているので、何を知りたいかを先に決めるところからです。炎症の有無と並べて初めて読める数値なので、数字を1つ持つだけでは足りません。

    参考文献・参考資料

    1. Maisel P, Baum E, Donner-Banzhoff N. Fatigue as the Chief Complaint—Epidemiology, Causes, Diagnosis, and Treatment. Deutsches Ärzteblatt International. 2021;118(33-34):566-576. doi:10.3238/arztebl.m2021.0192 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/34196270/
    2. Odajima T, Tsuno NH, Ishimaru F, et al. Iron deficiency among Japanese whole-blood donors measured by serum ferritin. Vox Sanguinis. 2024;119(9):912-920. doi:10.1111/vox.13688 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/38872445/
    3. 日本鉄バイオサイエンス学会「鉄欠乏性貧血の診療指針【第1版】」2024年7月 https://jbis.bio/pdf/public_comment.pdf
    4. World Health Organization. WHO guideline on use of ferritin concentrations to assess iron status in individuals and populations. Geneva: WHO; 2020. https://www.who.int/publications/i/item/9789240000124
    5. Houston BL, Hurrie D, Graham J, et al. Efficacy of iron supplementation on fatigue and physical capacity in non-anaemic iron-deficient adults: a systematic review of randomised controlled trials. BMJ Open. 2018;8(4):e019240. doi:10.1136/bmjopen-2017-019240 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29626044/
    6. 食品表示基準(平成27年内閣府令第10号)別表第十一 e-Gov法令検索
    7. 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 ミネラル(微量ミネラル)鉄 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316469.pdf
    8. 厚生労働省「令和6年国民健康・栄養調査結果の概要」 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001603146.pdf
    9. RESONA-LAB 検査結果報告書(人用・試供品サンプル)の記載による。報告書の見本は公式サイトで公開されています https://resona-lab.com/humans

    本記事は公的な基準と研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。特定の商品の効果を示すものでもありません。食事摂取基準は、鉄欠乏の場合の補給を医師の指示のもとで行うものとしています。

  • 寝酒をやめるか迷ったときの判断材料

    寝酒をやめるか迷ったときの判断材料

    飲んだ日は、よく眠れた気がする。その実感は、まちがってはいません。ただし当てはまるのは、一晩の前半だけです。

    ただ、厚生労働省の睡眠ガイドは、寝酒についてはっきりと書いています。睡眠前半では深い睡眠が増えるが、後半の質は顕著に悪化すると1。一晩のうち、前半と後半で逆のことが起きています。

    前半と後半で、逆のことが起きている

    「健康づくりのための睡眠ガイド2023」には、こう書かれています。

    アルコール(エタノール)は一時的には寝つきを促進し、睡眠前半では深い睡眠を増加させます。しかし、睡眠後半の眠りの質は顕著に悪化し、飲酒量が増加するにつれて中途覚醒回数が増加することが報告されています1。

    寝つきが早くなったことも、前半に深く眠ったことも、本人の実感としては正しい。ずれているのは、そこで一晩の評価を終えてしまうところです。

    朝の疲労感は、検査上の睡眠指標ではあまり説明がつかないことが分かっています。飲酒はここに、もう一つの説明を足します。前半だけを覚えていて、後半を覚えていない。

    「寝つきが早くなる」は、量による

    寝つきが早くなったのは、かなり飲んだときだけでした。体重1kgあたり0.85g以上、標準的な飲酒でおよそ5杯相当です2。健常成人を対象にした27研究をまとめた結果です。

    1〜2杯で「寝つきがよくなった」と感じているなら、それは量による効果ではありません。

    レム睡眠の乱れは2杯ほどから、寝つきの短縮は5杯ほどから起きることを示す比較図
    健常成人を対象とした27研究をまとめた解析。レム睡眠の乱れは体重1kgあたり0.50g以下(およそ2杯相当)から生じ、寝つくまでの時間が短くなるのは0.85g以上(およそ5杯相当)のときだけでした2。

    つまり「少しだけなら大丈夫」という感覚は、この2つの順番を取り違えています。少量から乱れるほうが先で、寝つきが良くなるのは後です。

    体が休んでいない、という別の証拠

    眠りの構造とは別に、循環の側でも変化が測られています。

    健常成人26名を対象に、低用量・高用量・プラセボの3晩を比較した実験では、飲酒した夜は心拍数が上がり、体が活動側へ傾いていました(心拍のゆらぎが小さくなり、交感神経の活動が増えていました)3。著者らは「中等量であっても顕著な影響がある」と述べています。

    眠っているあいだ、体は休息の側に切り替わるはずのものです。そこが切り替わりきらない夜がある、ということになります。

    いびきを指摘されたことがあるなら

    いびきや睡眠時無呼吸の素因がある人では、飲酒した夜に呼吸が止まる回数が増えます。量とは別の軸です。

    いびきや睡眠時無呼吸の素因がある人を対象にした13研究・279名のメタ解析では、飲酒により睡眠中に呼吸が止まる・浅くなる回数が1時間あたり3.98回増え、血中の酸素がいちばん下がったときの値も2.72%低くなっていました4。

    これは素因のある人での数字で、全員に同じことが起きるわけではありません。ただし、いびきを指摘されたことがある人では、飲酒量が睡眠時無呼吸の重さを左右します。

    睡眠ガイドも、無呼吸の治療をしていない場合の飲酒は「基本的には使用しない方がよい」としています1。

    日本人には、もうひとつ条件がある

    アルコールは体内でアセトアルデヒドに変わり、アルデヒド脱水素酵素(ALDH)で分解されます。この酵素の活性には個人差があり、睡眠ガイドはこう書いています。

    日本人を含むアジア人は西欧人やアフリカ系の人より活性が低い人が多いことが知られています。ALDHの活性が低い人は、アルコール摂取量が少量でも影響を強く受けやすいのでより一層注意が必要です1。

    飲むと顔が赤くなりやすい人は、この活性が低い側にあたります。同じ量でも、起きることは人によって違います。海外の研究の「標準的な1杯」は、そのまま自分には当てはまりません。

    飲んだ日と飲まなかった日を、記録で比べる

    飲んだ日と飲まなかった日で、自分に何が違うのか。これは記録すれば分かります。

    ただし、比べるのは「寝つき」ではありません。前半は良くなるからです。見るのは夜中に目が覚めた回数と、朝の感覚のほう。

    そして一度に一つだけ変えること。飲んだ量、飲んだ時刻、就寝時刻。同時に動かすと、何が効いたのか分からなくなります。

    寝る前のカフェインについては、コーヒー1杯でも睡眠に影響しうる量に届きます。ウェアラブル端末の数字を見ているなら、機器が推定する睡眠段階は検査で測るものとは別です。数字より、翌朝の実感のほうが直接的です。

    相談したほうがいい場合

    眠るために飲むことが習慣になっている。飲まないと寝つけない。量が増えている。こうした場合、起きているのは睡眠の問題だけではありません。睡眠ガイドは、寝酒の連用で依存と耐性が形成されることに触れています1。

    また、いびきを指摘された、睡眠中に呼吸が止まっていると言われた、日中の眠気が強い。この場合は飲酒とは別に、医療機関で確認したほうがいい領域です。

    前半の記憶で、一晩を評価しない

    もう1つ、その晩の外側に効いていることがあります。

    アルコールの処理は二段階で、日本人の4割強は二段目の働きが低い側にいます。ヘテロ欠損型では活性が約1/16。中間にできるアセトアルデヒドが滞る時間が、その分だけ長くなります。

    そして肝臓は、アルコールだけを処理しているわけではありません。薬や環境中の物質も、同じ酵素群で処理されています。飲んだ晩は、その処理の順番を占有していることになります。

    寝酒が「効く」と感じられるのは、前半だけを体験しているからです。寝つきの良さは覚えていても、明け方の浅い眠りは記憶に残りにくい。

    そして順番は逆でした。少量から乱れるのがレム睡眠で、寝つきが良くなるのは多く飲んだときです。

    睡眠の長さは、感染のしやすさにも関わっています。同じウイルスを投与した実験で、睡眠時間による差が出ています。

    そして同じ量を飲んでも、体の中に残るものの量は人によって違います。日本人の4割強は、アセトアルデヒドを分解する酵素の働きが生まれつき低い側で、ヘテロ欠損型の活性は約16分の1でした。

    飲むかどうかを決めるのは本人ですが、「よく眠るために飲む」という理由づけだけは、根拠が逆を向いています。

    参考文献・参考資料

    1. 厚生労働省 健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会「健康づくりのための睡眠ガイド2023」令和6年2月 https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf
    2. Gardiner C, Weakley J, Burke LM, et al. The effect of alcohol on subsequent sleep in healthy adults: A systematic review and meta-analysis. Sleep Medicine Reviews. 2025;80:102030. doi:10.1016/j.smrv.2024.102030 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39631226/
    3. de Zambotti M, Forouzanfar M, Javitz H, et al. Impact of evening alcohol consumption on nocturnal autonomic and cardiovascular function in adult men and women: a dose-response laboratory investigation. Sleep. 2021;44(1):zsaa135. doi:10.1093/sleep/zsaa135 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32663278/
    4. Burgos-Sanchez C, Jones NN, Avillion M, et al. Impact of Alcohol Consumption on Snoring and Sleep Apnea: A Systematic Review and Meta-analysis. Otolaryngology–Head and Neck Surgery. 2020;163(6):1078-1086. doi:10.1177/0194599820931087 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32513091/

    本記事は公的な指針と研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。飲酒量の判断は体質や健康状態によって異なります。妊娠中の方、治療中の方、服薬中の方の飲酒可否は個別に決まるもので、この記事の範囲には入りません。

  • 水の量は、渇きと尿の色で決まる

    水の量は、渇きと尿の色で決まる

    「水は1日2リットル」という目安を、どこかで見たことがあると思います。この数字がどこから来たのかを辿ると、自分に必要な量の決め方が見えてきます。

    英語圏には「8オンスのコップで1日8杯」という目安があります。「8×8ルール」と呼ばれるものです。

    日本では、この「8×8」という言い方はほとんど使われません。代わりに見かけるのが「水は1日2リットル」です。

    指している量は近いものです。8オンスは約240ミリリットル。8杯で約1.9リットルになります。ただし、日本の「1日2リットル」がこの8×8から来たのかどうかは、たどれる資料が見つかりませんでした。量が近いことと、出どころが同じであることは別の話です。

    ここで確かめられるのは、出どころではなく中身のほうです。1日2リットルという量に、どれだけの裏づけがあるのか。

    日本の基準は、水の量を定めていません

    厚生労働省の「日本人の食事摂取基準(2025年版)」には、水の項目があります。ただし章の扱いは「(参考)」で、結論はこう書かれています。「以上より、水の目安量は定めず、本項は参考資料に留めることとした」4。

    定めなかった理由として、算出に使った値は必要量ではないこと、方法の妥当性の検証が要ること、日本人の身体活動レベル別のデータがないことなどが挙げられています4。

    元になった「8×8」のほうも同じです。2002年に文献をたどって検証した報告では、これを支持する科学的研究は見つかりませんでした1。健康な成人全員に同じ一つの量を当てはめる根拠は、どこにも見当たりませんでした。

    「2リットル」が数えているのは、飲みものだけではありません

    もうひとつ、この数字には抜け落ちた前提があります。

    起源のひとつとされているのが、1945年のアメリカの勧告です2。そこには「成人にとって適切な水の量は、たいていの場合1日2.5リットルである」と書かれていました。問題は、その次の一文です。

    「この量の大部分は、調理された食品に含まれている」2

    後半を落として前半だけを引くと、食べ物の水も数えた合計だったはずの量が、「飲む水の量」に変わります。この勧告が「1日2リットル」の出どころだと書いた資料は、確認できていません。ただ、合計を飲水量として読む間違いが、この分野で起きてきたことは確かです。

    この考え方は、その後の基準にも引き継がれています。アメリカが2004年に公表した栄養の基準は、水分が足りている成人の1日の摂取量を男性で約3.7リットル、女性で約2.7リットルとしました。飲みものと食べ物を合わせた合計で、そのうち約20%は食べ物から来ているという内訳つきです3。同じ発表で、策定した側は「1日にコップ何杯」という目安は示さないと明言しています3。

    そして日本では、その割合がもっと大きくなります。

    日本人が摂る水分の内訳。食事から51%、飲みものから49%。「1日2L」が数えているのは飲みもの側だけであることを示す図
    日本人の水分摂取の内訳4。米や麺類はパンより水分を多く含みます。フランスや英国では、食事由来はおよそ20〜40%とされています4。

    日本の食事は、水分の約半分を供給しています。海外で作られた数字をそのまま飲水量の目標にすると、多く見積もりすぎることになります。

    毎日確かめられるのは、渇きと尿の色

    毎日見るものが2つあります。渇きと、尿の色です。

    ひとつは渇きです。米国の基準を作った側が、健康な人については渇きを目安にしてよいと明記しています3。

    もうひとつは尿です。色が濃い、量が少ない、回数が減ったという変化は、飲む量が足りていない可能性を示します。腎臓は尿を濃くしたり薄くしたりして体液の量を調整しているので、その出力を見ていることになります。

    そして、暑い日、運動した日、発熱した日は別扱いです。固定の数字より、条件に応じて増やすほうが理にかなっています。

    量より先に、蛇口の話がある

    飲む量の議論の手前に、確かめられることがもう1つあります。何が溶けている水かです。

    日本の水道水には水質基準があり、鉛は0.01mg/L以下、総トリハロメタンは0.1mg/L以下と定められています7。基準内で運用されています。

    そのうえで、皮膚科が金属制限食を指導するときの項目に、具体的な手順が1つ入っています。「水道水は流し始めの5分間は使用しないこと」8。

    理由は配管です。止まっていた水は管の中に長く接していた分だけ、溶け出したものを含みます。流してから使えば、その分は減ります。同じ指導には「缶詰食品・缶詰飲料を摂取しない」「ステンレス製品やメッキ製品の調理器具を避ける」も並んでいます8。

    これは金属アレルギーの患者に対する指導なので、全員がやることではありません。ただ蓄積の入口として水道水が挙がっているときに、実際に手が動く場所がどこかは、はっきりしています。量ではなく、最初の5分です。

    もう1つ、浄水器の側にも法定の表示があります。除去対象物質12項目には溶解性鉛と総トリハロメタンが含まれ、総ろ過水量は「除去率が80%に低下するまで」を含む2つの条件の早いほうで決まっています。

    「もっと飲む」ことの効果は、どこまで確かめられているか

    ここまでは「足りているか」の話でした。では、足りている人がさらに増やすと何か良いことがあるのか。

    水分摂取量を変える無作為化比較試験は1,464件中18件しかなかったことを示す図
    2024年の系統的レビュー5。体重減少と尿路結石の再発予防では有益な結果が出ていますが、著者らは「臨床試験の数は限られており、エビデンスの質と量には限りがある」と結論しています。

    結石については、さらに厳密に調べた評価があります。それによると、結石になったことがない人の予防については、比較試験がひとつも見つかりませんでした6。すでに結石になったことがある人では再発が減る可能性が示されていますが、確実性は低いと評価されています。

    「結石の予防には水をたくさん」とよく言われます。確かめられているのは、いまのところ再発の側だけです。

    この区別は、健康情報を読むときに何度も出てきます。「エビデンスがない」が何を意味するのかは、別の記事で整理しました。

    ただし、例外があります

    ここまでは健康な人の話です。

    腎臓や心臓の疾患で治療中の人は、水分量が個別に決められています。この記事の範囲の外です。この記事の内容は当てはまりません。

    また、水は多ければ多いほどよいものでもありません。極端に大量の水を短時間に摂ると、血中のナトリウムが薄まり、低ナトリウム血症を起こすことがあります。持久系のスポーツで報告されています。

    数字が消えても、困らない

    「1日2リットル」は、覚えやすく、達成したかどうかが分かりやすい。だから広まりました。

    ただ、その数字の元をたどると、食品に含まれる水を数えていた勧告から後半が落ちたものでした。日本の基準はそもそも数値を置いていません。そして日本の食事は、水分の半分を食べ物から供給しています。

    見るのは渇きと尿の色です。どちらも、その日の気温や運動量、体の大きさを織り込んだうえで変わります。固定の数字にはそれができません。

    参考文献・参考資料

    1. Valtin H. “Drink at least eight glasses of water a day.” Really? Is there scientific evidence for “8 × 8”? American Journal of Physiology-Regulatory, Integrative and Comparative Physiology. 2002;283(5):R993-R1004. doi:10.1152/ajpregu.00365.2002 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/12376390/
    2. Vreeman RC, Carroll AE. Medical myths. BMJ. 2007;335(7633):1288-1289. doi:10.1136/bmj.39420.420370.25 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18156231/
    3. Institute of Medicine, Food and Nutrition Board. Dietary Reference Intakes for Water, Potassium, Sodium, Chloride, and Sulfate. Washington, DC: The National Academies Press; 2005. doi:10.17226/10925 報告公表時のリリース:National Academies(2004年2月11日)
    4. 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書 各論「(参考)水」 https://www.mhlw.go.jp/content/10904750/001316470.pdf
    5. Hakam N, Guzman Fuentes JL, Nabavizadeh B, et al. Outcomes in Randomized Clinical Trials Testing Changes in Daily Water Intake: A Systematic Review. JAMA Network Open. 2024;7(11):e2447621. doi:10.1001/jamanetworkopen.2024.47621 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39585691/
    6. Bao Y, Tu X, Wei Q. Water for preventing urinary stones. Cochrane Database of Systematic Reviews. 2020;2(2):CD004292. doi:10.1002/14651858.CD004292.pub4 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/32045491/
    7. 水質基準に関する省令(平成15年厚生労働省令第101号)。鉛及びその化合物 0.01mg/L以下、総トリハロメタン 0.1mg/L以下 https://laws.e-gov.go.jp/law/415M60000100101/
    8. 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf

    本記事は基準と研究状況の整理であり、個別の指導に代わるものではありません。腎臓・心臓の疾患で治療中の方の水分量は、個別に決められるもので、この記事の範囲には入りません。

  • 睡眠アプリの数値を、どこまで当てにするか

    睡眠アプリの数値を、どこまで当てにするか

    7時間は寝たはずなのに、朝から疲れが残っている。寝方が悪いのか、体に問題があるのか。まず、時間と休まり方は別ものだというところから整理します。

    睡眠研究の側でも、時間や検査上の指標と、本人が感じる休まり方のあいだにずれがあることは、繰り返し観察されています。

    検査で測れる睡眠は、休まった感覚をほとんど説明しない

    睡眠を客観的に測る標準的な方法が、睡眠ポリグラフ検査(PSG)です。脳波、眼の動き、筋肉の緊張などを一晩記録し、睡眠の深さを段階として捉えます。

    カプランらは2017年、このPSGの指標が、翌朝に本人が答える「昨夜の睡眠の質」をどれくらい説明できるかを調べました。複数の変数を組み合わせたモデルを作っても、本人が感じた睡眠の質のばらつきのうち説明できたのは11〜17%にとどまりました1。

    「昨夜よく眠れたか」という感覚のうち、睡眠ポリグラフ検査の指標で説明できたのは11〜17%だけだったことを示す帯グラフ
    最も強く関連していたのは睡眠効率(床にいた時間のうち実際に眠っていた割合)、次いで総睡眠時間、睡眠段階の移行回数でした。いわゆる深い睡眠(徐波睡眠)の量は、重要とは判定されていません1。

    著者らの結論は率直です。一般に用いられているポリグラフ上の睡眠指標は、前夜の睡眠の質に対する主観的評価をほとんど説明しなかった1。

    「深い睡眠が取れていないから疲れが残る」という説明はよく聞きますが、少なくともこの研究では、深い睡眠の量は本人の実感と結びついていませんでした。

    この結果は、二通りに受け取れる

    ひとつは「検査は当てにならない」。もうひとつは「休まった感覚は、睡眠の構造だけでは決まらない」。

    研究の側では、後者に近い読み方をします。PSGは睡眠中に起きていることを詳細に記録しますが、朝の疲労感には、日中の負荷、心理的な状態、痛みや不快感、生活のリズムなど、睡眠時間外の要因も入ってきます。夜だけを見て説明しきれないのは、ある意味で当然でもあります。

    ただし、この研究が測ったのは健康な範囲での主観と客観のずれです。睡眠に病的な問題がある場合は、また別の話になります。

    そのうえで、確かめておきたいこと

    先に1つ言っておくと、「朝すっきりしない」は、あらゆる説明が名乗りを上げる症状です。

    検査結果の症状一覧にも、サプリメントの広告にも、この一文はほぼ必ず入っています。一般の人1,000人の調査では、過去7日間に症状がまったくなかった人は10.6%で、経験した症状の数は中央値5個でした。当てはまったことは、原因が決まったことを意味しません。

    だから確かめる順番は、当てはまるかどうかではなく、数えられるものからになります。

    朝の疲労感が続くとき、時間を増やす前に見ておく価値があるものがいくつかあります。

    ひとつは、床にいる時間と眠っている時間の差です。カプランらの研究で最も強く関連していたのは睡眠効率でした1。長く床にいても、その多くが浅い覚醒で埋まっていれば、時間の数字は足りていても実態は違います。

    前夜に飲酒した日かどうかも、分けて見る価値があります。寝つきは良くなる一方で、後半の眠りは質が下がることが、同じ指針にも書かれています。

    ふたつめは、就寝と起床の時刻のばらつきです。合計時間が同じでも、日によって大きくずれていれば体のリズムは安定しません。

    みっつめは、夜間の呼吸です。いびきを指摘されたことがある。寝ている最中に呼吸が止まっていると言われた。日中の眠気が強い。この3つは、睡眠時無呼吸で見られるものです。そして自分の記録では確かめられません。寝ている間のことなので、測るには検査が要ります。

    数字を追いかけすぎない

    公的指針が「質」として見ているのは、装置の数値ではなく朝の休養感のほうです。ウェアラブル端末が「深い睡眠 32分」といった数字を出してくれる時代になりました。ただ、これらの機器が推定している睡眠段階は、PSGとは測っているものが違います。そしてPSGで測った段階が休まった感覚をあまり説明しないことは、上で見たとおりです。

    数字が悪いと不安になり、その不安がさらに眠りを妨げる。そんな循環も起こりえます。指標を見ること自体が悪いのではなく、その指標が何を意味しているかを知らずに追いかけると、判断がぶれます。

    検査値と体感が一致しないという状況は、睡眠に限った話ではありません。健康診断で異常がなくても不調が続くことと、構造としては同じところがあります。集団の平均を個人に当てはめるときに残る隙間の問題でもあります。

    公的な指針も、感覚のほうを指標にしている

    厚生労働省の「健康づくりのための睡眠ガイド2023」は、成人への推奨を2本立てで示しています。適正な睡眠時間を確保することと、睡眠休養感を高めることです2。時間だけを目標にしていません。

    睡眠休養感が独立した指標として扱われているのには理由があります。ガイドが引く米国の縦断調査では、睡眠休養感の低下が、寝つきの悪さや頻回の中途覚醒といった不眠症状とは独立して、うつ病発症と関連することが示されています2。日本の追跡調査でも、代謝機能障害との関連が報告されています2。

    いずれも関連で、因果までは確かめられていません。ただ、朝の感覚が「検査で測れないから軽い情報」というわけではないことは、この扱われ方からも読み取れます。

    朝の感覚は、それ自体が情報である

    検査で説明がつかなくても、朝の疲労感が「気のせい」になるわけではありません。本人が感じていることは、いまのところ最も直接的なデータです。

    むしろ、機器の数字より自分の記録のほうが役に立つ場面もあります。何時に寝て何時に起きたか、途中で目が覚めたか、前日に何があったか。1〜2週間分並べると、時間の長さ以外の要因が見えてきます。

    なお、朝起きられない状態が続いているのが小児・思春期なら、別の見方があります。起立性調節障害には診断基準と検査があり、一般の中学生の約1割にみられると報告されています。

    「時間は足りているのに」という違和感は、そのまま受け取っていいものです。足りていないのが時間ではない、というだけのことがあります。

    参考文献・参考資料

    1. Kaplan KA, Hirshman J, Hernandez B, et al. When a gold standard isn’t so golden: Lack of prediction of subjective sleep quality from sleep polysomnography. Biological Psychology. 2017;123:37-46. doi:10.1016/j.biopsycho.2016.11.010 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5292065/
    2. 厚生労働省 健康づくりのための睡眠指針の改訂に関する検討会「健康づくりのための睡眠ガイド2023」令和6年2月 https://www.mhlw.go.jp/content/001305530.pdf

    本記事は研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 健診が「異常なし」でも不調なとき、何を見るか

    健診が「異常なし」でも不調なとき、何を見るか

    血液検査の基準範囲について、日本臨床検査医学会のガイドラインは「正常・異常を区別したり、特定の病態の有無を判断する値ではない」と明記しています。

    基準範囲は、健康な人の値を集めて真ん中の95%を切り取った線です。だから健康な人でも20人に1人は外れます。20項目測れば、健康な人でも6割以上でどこか1つは外れる計算になります。

    つまり「異常なし」は「測った項目に異常がなかった」という意味で、それ以上のことは言っていません。逆に「1つ外れた」も、それだけでは何も決まりません。

    このとき起きやすいのが、二つの反対方向の反応です。「数値が正常なんだから気のせいだ」と自分を納得させるか、「検査で見つからない何かがあるはずだ」と別の説明を探しにいくか。どちらも自然な反応です。その前に、一つ確かめられます。健診が何を測っていて、何を測っていないのかです。

    「基準範囲」は、健康の定義ではない

    検査結果に添えられている基準範囲は、正常か異常かを分けるための値ではありません。健常者の検査値が集まる中央の範囲を示しているだけです。

    ガイドラインの原文は、こうです。

    基準範囲は、一定の基準を満たす健常者(基準個体)の検査値分布の中央の95%区間として設定され、検査値を判読する基準(めやす)となる。しかし、正常・異常を区別したり、特定の病態の有無を判断する値ではない1。

    日本臨床検査標準協議会も同様に、基準範囲は測定値を解釈する目安であって、それ単独では診断や治療の判定の拠り所にはならないとしています2。

    この定義から、そのまま出てくる帰結があります。

    検査項目が増えるほど、健康な人でもどこか1つは基準範囲の外になる確率が上がることを示す曲線。20項目で64%
    検査項目は互いに独立ではないため、実際の確率はこれより低くなります6。

    「範囲外=異常」でも「範囲内=健康」でもない——これは数字が何と比べたものかを確かめる話と同じ構造です。

    逆向きの読み違いも起きます。基準範囲は「その集団の分布」を表しているのであって、「この値なら健康」という意味ではありません。範囲に収まっていることは、測った項目について集団の真ん中あたりにいる、というところまでしか言っていません。

    「異常なし」の外側を、どう確かめるか

    この「測っていない項目」は、思っているより広い範囲を占めます。

    たとえば栄養素です。健康診断の標準的な項目に、ビタミンD、亜鉛、フェリチン、葉酸は入っていません。測っていないので、足りているとも足りていないとも書かれません。

    金属もそうです。鉛の測定は、鉛を扱う業務の人に対して法令で義務づけられている項目で、一般の健診には入っていません。水銀については、厚生労働省が「一般に体内の水銀濃度は毛髪で測定します」と書きつつ、同時に「妊婦であっても測定することは必要ない」という立場をとっています。

    測られていない項目が「正常」なのではありません。何も書かれていないだけです。健診の結果に何も書かれていないことは、それらについての判断材料が1つもない、ということを意味します。

    もうひとつ、単純な事実があります。健康診断は、決められた項目だけを測っています。

    特定健康診査は、法律上「糖尿病その他の政令で定める生活習慣病に関する健康診査」と定義されています3。厚生労働省のプログラムは、検査項目の選び方をこう説明しています。

    糖尿病や脳・心血管疾患(脳卒中や虚血性心疾患等)等の生活習慣病、とりわけメタボリックシンドロームの該当者・予備群を減少させることができるよう、保健指導が必要な者を的確に抽出するための検査項目を健診項目とする4。

    目的が決まっていて、そのために項目が選ばれています。逆に言えば、そこに入っていない不調は、そもそも検査の対象になっていません。

    たとえば貯蔵鉄は、通常の健診項目に入っていません。ヘモグロビンが基準内でも、貯蔵鉄のほうは減っていることがあります。

    日常会話では、「異常なし」と「体に何も起きていない」は同じように聞こえます。指している範囲が違います。

    逆に、範囲を外れた項目があっても、それだけでリスクは決まりません。LDLコレステロールがその例です。同じ140でも、その人の状況によって目標値が変わります。

    公的な文例も、範囲を限定して書いている

    厚生労働省が示している健診結果のフィードバック文例集を見ると、書き方が慎重です。異常がなかった場合の文例は、こうなっています。

    今回の心電図検査の結果では医療機関の受診をお勧めするような異常は見つかりませんでした5。

    「異常なし」ではなく、今回の・この検査では・受診を勧めるようなと、三重に範囲が限定されています。

    同じ文例集には、眼底検査についてこう書かれています。眼底カメラで所見がないとされた場合にも、眼科医による詳細な検査で網膜症が発見されることがある5。検査には検出できる範囲があり、公的な資料自体がそれを明記しています。

    基準範囲に入っていても、その人にとっては変化かもしれない

    ここが、最も見落とされやすい部分です。

    基準範囲は集団の分布から作られています。けれど一人ひとりの値には、その人なりの落ち着きどころがあります。もともと基準範囲の下寄りで安定していた人が、上寄りまで動いたとします。集団の物差しではどちらも「正常」ですが、その人の中では大きく動いています。

    一点の値だけを見ていると、この変化は見えません。過去の結果と並べて、初めて分かる。健康診断の結果を毎年捨てずに取っておく意味は、ここにあります。

    集団の平均が個人にそのまま当てはまるわけではありません。この問題は、検査に限った話ではありません。同じ食事をしても血糖の反応が人によって大きく違うことが観察されているように、平均から出発して個人を語ることには、常に隙間が残ります。

    それでも「気のせい」ではない

    不調が続いているのに検査で説明がつかないとき、本人が感じていることまで否定される必要はありません。

    体調は、検査値だけで決まっているわけではありません。睡眠の質、生活のリズム、心理的な負荷、環境。これらは血液検査の項目にほとんど反映されません。反映されないことと、影響がないことは別です。

    また、症状が先に出て、検査値の変化が後から現れる病態もあります。ある時点で基準範囲に収まっていることは、その後もずっとそうであることを保証しません。

    だからこの状況で必要なのは、「異常なし」を受け入れることでも否定することでもなく、いま分かっていることの範囲を正確に把握することでしょう。調べていないことと、調べて何もなかったことは別のものです。

    次に確かめられること

    検査で説明がつかない不調があるとき、できることが3つあります。

    血圧のように自分で何度でも測れる項目もあります。年に一度の値しか手に入らない項目とは、扱いが変わります。

    ひとつは、過去の結果と並べること。同じ項目が年ごとにどう動いているか。基準範囲の中でも一方向に動き続けていれば、それは情報です。

    ふたつめは、症状のほうを記録すること。いつから、どういうときに、どのくらい続くか。検査値が動いていないので、記録できるのは症状のほうだけです。「なんとなくだるい」では、次に何を調べればいいか決まりません。「先月から、午後になると集中が続かない日が週に3日ほどある」まで来れば、時間帯と頻度という手がかりが2つ増えます。頭痛のように、記録の項目が診断基準とそのまま対応している症状もあります。

    みっつめは、健診が測っていないものを自分で見ること。睡眠、食事、活動量。検査項目ではありませんが、体調への影響は大きい。健康診断で拾えないからこそ、自分で見るしかない領域です。

    検査は、何をするための道具だったか

    健康診断はもともと、症状が出る前の段階で、対処可能な疾患を拾うための仕組みです。「いま不調がある人の原因を突き止める」ためには設計されていません。用途が違います。

    たとえば更年期を疑うときも、確かめられるのは「更年期以外」の側で、そこは健診の項目とは別に測ります。症状があって受診する場合は、その症状に応じた検査が選ばれます。健診は健診の項目に答えただけで、あなたの症状には何も答えていません。異常がなかったことは、その先を調べなくていい理由になりません。

    「異常なし」という3文字が答えているのは、思っているより狭い問いです。答えているのは「今日測った項目が、集団の中央95%の範囲に入っていたか」まで。睡眠も、食事も、活動量も、そこには入っていません。

    健診が答えていない範囲を、別の検査が埋めるとも限りません。遺伝子検査もフローラ検査も、また別の問いに答えています。

    参考文献・参考資料

    1. 日本臨床検査医学会「臨床検査のガイドライン JSLM2024」基準範囲・臨床判断値 https://www.jslm.org/books/guideline/2024/GL2024_04.pdf
    2. 日本臨床検査標準協議会 基準範囲共用化委員会「日本における主要な臨床検査項目の共用基準範囲 ―解説と利用の手引き―」2022年10月版 https://www.jccls.org/wp-content/uploads/2022/10/kijyunhani20221031.pdf
    3. 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和57年法律第80号)第18条・第20条 e-Gov法令検索
    4. 厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」第2編第2章 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001153023.pdf
    5. 厚生労働省「標準的な健診・保健指導プログラム(令和6年度版)」第2編別紙5 フィードバック文例集 https://www.mhlw.go.jp/content/10900000/001231392.pdf
    6. Ozarda Y. Reference intervals: current status, recent developments and future considerations. Biochemia Medica. 2016;26(1):5-16. doi:10.11613/BM.2016.001 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4783087/

    本記事は検査の読み方を整理したものであり、個別の診断・治療に代わるものではありません。