タグ: 理解記事

仕組み・研究方法・定義を深掘りする記事。集客記事やPillarから内部リンクで到達させる

  • どの検査を受ければいいか、迷わないために

    どの検査を受ければいいか、迷わないために

    検査はそれぞれ違う問いに答えています。一つで全部が分かる検査はありません。

    健康について調べていると、いくつもの検査が出てきます。健康診断、遺伝子検査、腸内フローラ検査、アレルギー検査。

    検査はそれぞれ違う問いに答えています。一つで全部が分かる検査はありません。

    知りたいことがはっきりすれば、選ぶものも決まります。逆に、問いを決めずに受けると、結果を受け取ってから「これは何を意味するのか」で止まります。

    検査ごとに答えている問いが違うことを示す図。健康診断は今の異常の兆候、遺伝子は生まれ持った傾向、フローラは腸の構成、アレルギーは特定の免疫反応
    同じ「検査」でも、見ている対象と時間軸が違います。生まれつきのものが対象なのか、いまの状態が対象なのか。全身を見るのか、特定の部位を見るのか。

    健康診断 ── いま、対処が必要な兆候があるか

    健康診断は、症状が出る前の段階で、対処できる病気を拾うための仕組みです。40歳から74歳を対象とする特定健康診査は、高齢者の医療の確保に関する法律で保険者に実施が義務づけられています1。

    ここで重要なのは、測っている項目が決まっていることです。測っていない項目については、何も言えません。

    そして「異常なし」は健康の証明ではありません。基準範囲は、健康な人を集めて測ったときの中央95%が入る範囲として作られています2。健康な人でも20人に1人は外れる設計です。

    この検査が答えている問いの狭さは、別の記事で詳しく整理しました。

    遺伝子検査 ── 生まれ持った傾向。生涯変わらない

    遺伝情報には、他の検査結果にはない特性があります。日本医学会のガイドラインは、次を挙げています3。

    遺伝情報の特性(日本医学会ガイドライン)3
    特性 意味すること
    生涯変化しない 一度調べれば、結果は変わらない
    血縁者間で一部共有されている 自分の結果が、家族の情報にもなる
    あいまい性が内在している 下に説明します

    3つ目の「あいまい性」について、ガイドラインはこう説明しています。結果の意義の判断が変わりうること、予測される発症の有無・時期・症状・重症度に個人差がありうること、医学の進歩とともに有用性が変わりうること3。

    つまり、変わらないのは遺伝情報のほうで、その読み方は変わります。「生涯変わらない結果」と「生涯変わらない意味」は、別のことです。

    そして遺伝子が答えているのは、生まれ持った傾向です。いま何が起きているかは、この検査の対象ではありません。

    腸内フローラ検査 ── 腸内細菌の構成

    便から腸内細菌の構成を調べる検査です。何がどれだけいるかを見ます。

    ただし、ここには前提があります。「健康な腸内細菌叢」の定義が、まだ決着していません。正面から検討した2021年の総説は、定義できるかどうか自体が複雑な問いだと結論しています4。

    構成は測れます。ただし、その構成が良いのか悪いのかを判定する物差しが、まだありません。この状況は別の記事で整理しました。

    アレルギー検査 ── 特定の免疫反応があるか

    血液中の特異的IgE抗体を測るか、皮膚に少量つけて反応を見ます。免疫が関わる反応があるかどうかを、医学的に確認するための検査です。

    注意が要るのは、IgEが陽性であることと、実際に症状が出ることは別だという点です。だから医療の現場では、実際に少量から食べて確かめる食物経口負荷試験まで行います。

    一方、食物に対するIgG抗体を測る検査は、欧州アレルギー・臨床免疫学会のタスクフォースが2008年、食物アレルギーの診断ツールとして推奨しないという立場を示しています5。IgGは、その食品を食べていることを反映する正常な反応でもあるためです。

    並べてみる

    それぞれが答えている問い
    検査 答えている問い 答えていないこと
    健康診断 決められた項目に、対処が必要な兆候があるか 測っていない項目のこと
    遺伝子検査 生まれ持った傾向はどうか いま何が起きているか
    腸内フローラ検査 腸内細菌はどういう構成か その構成が良い状態かどうか
    アレルギー検査 特定の免疫反応があるか 免疫が関わらない不調の原因
    バイオレゾナンス検査
    (RESONA-LAB)
    4つの欄がある。食品不耐性(消化難)、体内蓄積、解毒機能、不足ビタミン・ミネラル6 疾病の診断。報告書自身が「本検査は疾病の診断や治療を目的とするものではなく、健康管理の参考情報を提供するもの」と記しています6

    並べると、ひとつの検査で全部が分かるものはないことが見えてきます。時間軸も違います。遺伝子は生まれつき、健康診断はいま、フローラは日々変わるもの。

    採るものと、待つ時間も違う

    答えている問いのほかに、実務的な違いもあります。

    検体と、結果が出るまで
    検査 採るもの 結果まで
    健康診断 血液、尿。採血を伴う 数日〜2週間程度
    遺伝子検査 唾液、口腔粘膜 数週間
    腸内フローラ検査 便 数週間
    アレルギー検査 血液、または皮膚(パッチテスト・プリックテスト) 血液は数日、パッチテストは判定に7日程度
    バイオレゾナンス検査 毛髪と口腔粘膜。採血を伴いません 返送から約1週間6

    採血の有無は、受けやすさに直結します。ただし採るものが違えば、答えられる問いも違います。血液でしか分からないことは、血液でしか分かりません。

    たとえばビタミンD・亜鉛・鉄・葉酸は血液の数値で線が引けますが、カルシウムとマグネシウムは血液では分かりません。骨や細胞内から補われて、血中の値が動かないためです。これは検査の優劣ではなく、栄養素の側の性質です。

    知りたいことから決める

    だから、順番は逆になります。検査を選んでから何が分かるかを知るのではなく、知りたいことを決めてから、それに答える検査を選ぶ。

    知りたいことと、それに答えるもの
    知りたいこと 見るもの
    いま、治療が必要な病気があるか 健康診断、医療機関の検査
    家系に多い病気の傾向があるか 遺伝子検査(遺伝カウンセリングを伴うもの)
    この食品で症状が出るのはなぜか アレルギー検査、経口負荷試験
    疲れの原因が鉄かどうか ヘモグロビンとフェリチン

    「なんとなく体調が悪い」のままだと、どの検査を受けても結果の読み方が決まりません。問いを具体的にするところから始めるほうが、結局は早く進みます。

    そして、検査で説明がつかないことは珍しくありません。そのときに次の検査を足すのか、記録して確かめるのかは、また別の判断になります。

    参考文献・参考資料

    1. 高齢者の医療の確保に関する法律(昭和57年法律第80号)第18条・第20条 e-Gov法令検索
    2. 日本臨床検査標準協議会 基準範囲共用化委員会「日本における主要な臨床検査項目の共用基準範囲 ―解説と利用の手引き―」2022年10月版 https://www.jccls.org/wp-content/uploads/2022/10/kijyunhani20221031.pdf
    3. 日本医学会「医療における遺伝学的検査・診断に関するガイドライン」2022年3月改定 2. 遺伝学的検査・診断を実施する際に考慮すべき遺伝情報の特性 https://jams.med.or.jp/guideline/genetics-diagnosis_2022.pdf
    4. Shanahan F, Ghosh TS, O’Toole PW. The Healthy Microbiome—What Is the Definition of a Healthy Gut Microbiome? Gastroenterology. 2021;160(2):483-494. doi:10.1053/j.gastro.2020.09.057 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33253682/
    5. Stapel SO, Asero R, Ballmer-Weber BK, et al. Testing for IgG4 against foods is not recommended as a diagnostic tool: EAACI Task Force Report. Allergy. 2008;63(7):793-796. doi:10.1111/j.1398-9995.2008.01705.x https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18489614/
    6. RESONA-LAB 検査結果報告書(人用・試供品サンプル)の記載による。報告書の見本は公式サイトで公開されています https://resona-lab.com/humans

    本記事は各検査の位置づけの整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。特定の検査の受検を勧めるものでも、否定するものでもありません。遺伝学的検査は、遺伝カウンセリングを含む体制のもとで受けることが推奨されています。

  • 肝臓をいたわりたいとき、何を見ればいいか

    肝臓をいたわりたいとき、何を見ればいいか

    肝臓が担っている主な働きは八つ以上あり、解毒はそのうちの一つです。残りの七つは、ほとんど語られません。

    腎臓も同じです。1日に濾過する200リットルのうち、尿として出ていくのは1%未満。残りは回収しています。

    抜けている部分を知ると、「肝臓にいい」「腎臓を休ませる」といった言い方が実際に何を指しているのかが見えてきます。「デトックス」という言葉も、その一つです。

    肝臓の仕事は、思っているより多い

    その八つが、これです1。

    肝臓が担っている主な働き
    働き 内容
    胆汁をつくる 尿からは出せない物質を便側へ送り出す。脂質の消化と吸収も助ける
    ビタミンの貯蔵と処理 ビタミンA・D・E・Kを蓄え、使える形にする
    薬や異物の処理 捨てられる形に作り変える。ここが「解毒」と呼ばれている部分
    古い赤血球の後始末 分解してできた色素を、排泄できる形にする
    血液中のタンパク質をつくる 血液に含まれるタンパク質のほぼすべてを合成する
    糖と脂肪の調整 糖をつくる、脂肪をつくる、糖を蓄える形にする
    免疫への関与 肝臓にある免疫細胞が、血液中の病原体を取り除く
    栄養素の貯蔵 鉄、銅、脂溶性ビタミン

    八つのうち、日常会話に出てくるのは「薬や異物の処理」の一つだけです。

    血液中のタンパク質のほぼすべてを作っている。この一項目だけでも、肝臓が「不要なものを処理する場所」ではなく、体の材料をつくる工場だと分かります。

    この八つが体の中でどうつながっているかは、図で追うほうが早いです。


    「解毒」は、処理の別名である

    肝臓の「解毒」は、毒を消しているのではありません。捨てられる形に作り変えている工程です。

    脂に溶けやすい物質は、そのままでは尿に混ぜて捨てられません。水に溶けやすい形へ変えて、初めて腎臓から出せるようになります。この変換は二段階で進みます2。

    ここに、よく誤解される点があります。一段階目でできる中間産物は、元の物質より反応しやすく、場合によっては毒性が強くなります。二段階目が追いつかなければ、その中間産物のほうが問題を起こしうる2。

    だから「解毒力を高める」という表現は、この構造を知るとかえって分かりにくくなります。一段階目を速めるのか、二段階目を速めるのかで、意味が逆にもなりうるからです。前だけ速ければ、中間産物のほうが溜まります。

    腎臓は「濾す」だけではない

    腎臓についても、似た単純化が起きています。基本的な働きは、血液を濾過し、必要なものを回収し、不要なものを尿として出すこと。ただ、この「必要なものを回収する」部分が非常に大きいのです。

    腎循環から1日に濾過される液は200リットルで、尿として出るのはその1%未満であることを示す図
    差の大部分は、尿細管でグルコース、アミノ酸、ナトリウム、水などとして再吸収されています3。

    加えて、赤血球産生を促すエリスロポエチンの産生、レニンの分泌による血圧の調節、ビタミンDの活性型への変換、血漿浸透圧の調節、長期的な酸塩基平衡の維持といった役割も担っています3。

    体の中の水の量を決めているのも腎臓です。夕方に足がむくんで、朝には戻っているとき、その仕組みの一部をここが担っています。

    「老廃物を出す臓器」という説明は、出ていく1〜2リットルのほうだけを見た言い方になっています。

    そして、この「回収する」部分が、蓄積の話とつながります。

    カドミウムの耐容週間摂取量は、腎臓の近位尿細管への影響を指標に設定されています5。近位尿細管は、濾過された200リットルのうち大部分を回収している場所です。日本人がいちばん上限に近づいている金属が標的にしているのが、この回収の場所だということになります。

    腎臓は「出す量」だけでなく「戻す量」で評価されている——その理由が、こういうところにあります。

    3つの臓器は、別々の仕事をしている

    「解毒」はひとかたまりの能力のように語られますが、担っている場所は分かれています。

    出す側の3つの場所と、担当
    担当している出口 止まると起きること
    肝臓 作り変えと、胆汁への送り出し 水に溶けない物質が、送り出せない
    腎臓 尿。水に溶ける形のもの 水溶性のものが出ていかない
    腸 便。胆汁に出されたもの、吸収されなかったもの 腸に置かれた時間が延びる

    この3つは連続していて、順番があります。肝臓が胆汁に出したものは腸を通ります。肝臓だけが速くても、腸が動いていなければ外へは出ていません。

    だからこの3つを別々に見る意味があります。どこが足を引っ張っているかで、手をつける場所が変わるからです。順番としては、出口に近いほうが先になります。

    肝臓を「休ませる」と、何が起きるのか

    ここまで見ると、デトックスの説明でよく使われる「臓器を休ませる」という言い方が、少し据わりの悪いものに見えてきます。

    肝臓は血漿タンパク質を作り続けています。腎臓は再吸収を続けています。これらは、断食や特定の食事によって止めたり再開したりできる作業ではありません。

    むしろ、第II相の抱合反応には糖やアミノ酸から作られる材料が必要で、これらは栄養状態に依存します。何かを控えることが処理を助けるのか妨げるのかは、控える内容次第ということになります。

    ただし、ここも正確に言っておきます。特定の食事法が肝臓や腎臓の機能にどう影響するかについて、質の高い検証はほとんど行われていません。「休ませたほうがいい」も「休ませないほうがいい」も、現時点では十分な根拠を伴っていない。研究がないことは、どちらかが正しいことの証明にはなりません。

    機能が落ちているかどうかは、測れる

    実務的に役に立つのは、これらの臓器の働きが検査で評価できる、という点でしょう。

    肝臓についてはAST・ALT・γ-GTPといった酵素の値や、ビリルビン、アルブミン、凝固能。腎臓については推算糸球体濾過量(eGFR)や血清クレアチニン、尿中のタンパクなど。健康診断で測られている項目の多くは、この二つの臓器の働きが落ちていないかを調べるものです。

    これらの数値が正常範囲にあるなら、機能が落ちている状態ではないと考えるのが素直です。逆に、数値が動いているなら、汎用の「デトックス」ではなく、その原因を確かめることが先になります。

    働きを知ると、言葉の輪郭が変わる

    肝臓の八つの働きのうち、日常会話に出てくるのはほぼ一つだけでした。腎臓についても、出ていく側だけが語られていました。

    切り取ること自体は必要な単純化で、それがなければ話が始まりません。ただ、切り取られた一部が全体の代わりになると、そこから先の推論が歪みます。「解毒の臓器だから、解毒を助けるものを摂る」という筋道が、その一例です。

    八つのうち「胆汁をつくる」については、別に書きました。尿から出せない物質の主要排泄経路がそこで、教科書は出されるものに重金属を挙げています。そして「薬や異物の処理」の中身は、二段階の作り変えです。

    肝臓や腎臓のためにしていることがあるなら、それが八つの仕事のどれに向けたものかを確かめてみる。どれにも当てはまらないなら、それが向いているのは臓器ではなく、臓器のイメージのほうです。

    参考文献・参考資料

    1. Kalra A, Yetiskul E, Wehrle CJ, Tuma F. Physiology, Liver. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 最終更新 2023年5月1日. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK535438/
    2. Phang-Lyn S, Llerena VA. Biochemistry, Biotransformation. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 最終更新 2023年8月14日. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK544353/
    3. Ogobuiro I, Tuma F. Physiology, Renal. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 最終更新 2023年7月24日. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK538339/
    4. Curthoys NP, Moe OW. Proximal tubule function and response to acidosis. Clinical Journal of the American Society of Nephrology. 2014;9(9):1627-1638. doi:10.2215/CJN.10391012 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23908456/
    5. 内閣府食品安全委員会「食品から摂取されるカドミウムの健康影響評価」(2008年7月3日)。耐容週間摂取量の設定根拠として、腎臓(近位尿細管)への影響が指標とされています https://www.fsc.go.jp/hyouka/hy/hy-iinkai240-cadmium.pdf

    本記事は生理機能の整理であり、特定の食事法・製品の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 「効いた気がする」を、次の判断にどう使うか

    「効いた気がする」を、次の判断にどう使うか

    「それはプラセボ効果でしょう」。この一言には、話を終わらせる働きがあります。ただ、この言葉が指しているものは、そこまで単純ではありません。

    ただ、プラセボ効果という言葉が指しているものは、そこまで単純ではありません。何が起きていて、何が起きていないのか。この整理は、補完的な方法を考えるときにも、標準的な治療を評価するときにも効いてきます。

    まず、期待されているほど強くはない

    プラセボに効果はあります。ただし、期待されているほど大きくはありません。それが分かるのは、効果を疑った側の研究です。

    フロビャルトソンとゲッチェは2001年、New England Journal of Medicine に「Is the Placebo Powerless?(プラセボは無力か)」という研究を発表しました。彼らはプラセボ群と無治療群の両方を含む臨床試験を集めて比較しています。プラセボと実薬ではなく、プラセボと「何もしない」を比べたところが要点です1。

    差は小さく、しかも参加者の多い試験ほど小さくなっていきます。規模の小さい試験で結果が大きく出やすいという、よくある偏りの形です1。

    痛みを扱った27試験で、プラセボによる軽減幅は100mmの視覚的アナログ尺度で6.5mmだったことを示す図
    差が確かめられたのは、痛みの強さのように本人が申告する指標を扱った試験でした。血圧や検査値のように機器で測る指標では、差は確かめられませんでした1。

    著者らの結論は、プラセボが強い臨床効果を持つという証拠は全体として乏しい、というものでした。機器で測る指標や「起きた/起きなかった」の判定には効果が確かめられず、本人が申告する指標と痛みでは小さな利益がありうる。臨床試験の外でプラセボを使う正当性はない1。

    効くのは、痛みのような自分で感じる症状に対して、小さい幅で。それが試験から見えている範囲です。

    100mm中6.5mmを、どう受け取るか

    この6.5mmをどう見るか。

    100mmの物差しで6.5mmの改善は、劇的とは言えません。ただ、慢性的な痛みを抱えている人にとって、無視できる差かというと、そうとも言い切れない。数字の大きさをどう受け取るかは、その人が何を抱えているかによって変わります。

    同時に、この平均値の背後には個人差があります。まったく反応しない人と、はっきり変化する人がいて、平均が6.5mmになっている可能性がある。平均が誰のものでもないという問題は、ここにも当てはまります。

    「気のせい」では説明しきれない実験

    プラセボ効果を「効くと信じているから効く」と説明すると、ひとつ困ることが起きます。信じられない状況では効かないはずだからです。

    カプチュクらは2010年、この前提を確かめる試験を行いました。過敏性腸症候群の患者を対象に、プラセボであることを明かしたうえで投与する群と、無治療群を無作為に比較しています2。

    参加者には、それが不活性な物質であることが伝えられていました。それでも、11日目の途中評価でも21日目の終了時点でも、症状の改善はプラセボを飲んだ群のほうが大きいという結果でした。症状の重症度についても、両時点で有意な結果が観察されています2。

    著者らは、欺瞞なしに投与されたプラセボが過敏性腸症候群の有効な治療になりうるとしつつ、さらなる研究が必要だと述べています2。

    この結果は、まだ完全には説明されていません。治療を受けているという文脈、医療者とのやりとり、日々服用するという行為そのもの。そうした要素が関わっている可能性が議論されていますが、どれがどれだけ寄与しているかは分かっていません。

    ひとつ確かなのは、「信じているから効く」という単純な説明では、この実験の結果を説明できないということです。

    臨床試験にプラセボ群がある理由

    ここまでを踏まえると、なぜ試験でプラセボ対照が使われるのかも整理できます。

    ある治療を受けた人が良くなったとき、その変化には複数の要素が混ざっています。治療そのものの作用、症状が自然に軽くなる経過、測定のタイミングによる見かけの変化、そして治療を受けているという文脈の影響。

    プラセボ群は、このうち「治療そのものの作用」以外をまとめて引き受けます。だから、実薬とプラセボの差が、その治療に固有の効果ということになります。

    逆に言えば、プラセボ群のない研究では、これらが分離できていません。「使った人の◯%が改善」という数字が当てにならないのは、比べる相手がないからです。

    まだ整理されていないこと

    逆向きの現象もあります。プラセボで症状が「出る」ノセボ効果は、食物不耐を調べた試験でも観察されています。

    プラセボ効果の機序については、期待や条件づけといった説明が提案されていますが、確立した統一的な説明はありません。

    また、フロビャルトソンらの研究に対しては、方法論をめぐる議論も続いてきました。異なる病気・異なる測り方の試験を一つにまとめることの妥当性や、プラセボの提示の仕方が試験によって違う点などが論点になっています。この分野は決着していません。

    そして、オープンラベル・プラセボの結果がどこまで一般化できるかも分かっていません。過敏性腸症候群という、主観的な症状が中心で変動も大きい対象で得られた結果です。他の疾患で同じことが起きるかは、まだ確かめられていません。

    「気のせい」という言葉が閉じてしまうもの

    実務的に効いてくる場面を1つ挙げます。検査の結果を受け取ったあとです。

    結果を見て、生活を変える。数週間後に調子がよくなった。このとき変わったのは、変えた内容だけとは限りません。結果を受け取ったこと自体、変えようと決めたこと自体が、同じ向きに働きます。

    だから一度に一つだけ変えることに意味があります。二つ同時に変えれば、どちらが効いたのか分かりません。そしてやめて、戻して、また比べる——1回では偶然と区別がつかない、という手順の理由もここにあります。

    「気のせいだった」のではなく、何が効いたのかが分からない状態です。この二つは、次に何をするかが違ってきます。

    誰かの体験を「プラセボでしょう」と片づけるとき、二つのことが同時に起きています。ひとつは、その方法に固有の効果がないと判断していること。もうひとつは、本人が感じた変化を軽く扱っていることです。

    前者は研究で確かめられます。後者は、確かめる対象が違う。痛みが6.5mm分軽くなったことは、その人にとっては実際に起きたことです。

    プラセボ効果が示しているのは、体験と、その体験を生んだ原因が、切り離して考えられる、ということです。効果があったかどうかと、何が効いたのかは、別々に問えます。

    何かを試して調子が良くなったとき、その両方を分けて考えられるかどうかで、次の判断は変わってきます。

    分けるために、1つだけ確かめられることがあります。いつから良くなったか、日付を思い出せるかどうかです。

    始めた翌日から変わったなら、成分が体内で働く時間より早いことがあります。数週間かけて変わったなら、同じ期間に変えた他のこと(睡眠・食事・季節)も候補に入ります。何と比べているかを自分の中で決めておくと、次に試すときの判断が早くなります。

    参考文献・参考資料

    1. Hróbjartsson A, Gøtzsche PC. Is the placebo powerless? An analysis of clinical trials comparing placebo with no treatment. New England Journal of Medicine. 2001;344(21):1594-1602. doi:10.1056/NEJM200105243442106 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11372012/
    2. Kaptchuk TJ, Friedlander E, Kelley JM, et al. Placebos without deception: a randomized controlled trial in irritable bowel syndrome. PLoS ONE. 2010;5(12):e15591. doi:10.1371/journal.pone.0015591 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3008733/

    本記事は研究状況の整理であり、特定の治療法の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 「善玉菌を増やす」の前に、知っておきたいこと

    「善玉菌を増やす」の前に、知っておきたいこと

    いまの研究は、「善玉と悪玉に分ける」という前提そのものを外して進んでいます。

    「善玉菌を増やして、悪玉菌を減らす」。日本の腸の情報は、たいていこの形で書かれています。分かりやすく、何をすればいいかもはっきりします。

    この分け方は日本で広く定着していて、分かりやすさの点ではよく働いてきました。何が変わったのかを見ていきます。

    まず、この分け方が広まった理由

    否定から入る前に、なぜこの区分が使われてきたのかを確認しておきます。

    腸の中は見えません。数百種類とも言われる細菌がいて、それぞれの働きも複雑に絡み合っています。この状態をそのまま説明しようとすると、話が始まりません。

    そこで、体に良い働きをするグループと、そうでないグループに分ける。ビフィズス菌や乳酸菌は前者、ウェルシュ菌などは後者、という具合に。この単純化があったから、腸内細菌という存在自体が一般に知られるようになった面はあります。

    分かりやすさのために作られた区分です。それをそのまま判断の基準に使い続けると、無理が出ます。

    「バランスが崩れている」という言い方への批判

    研究の側で議論になっているのが、「ディスバイオシス(dysbiosis)」という言葉です。腸内細菌のバランスが崩れた状態、といった意味で使われています。

    オルセンとアルムは2016年、Nature Microbiology に「Dysbiosis is not an answer(ディスバイオシスは答えではない)」という論考を発表しました1。彼らの主張は、微生物の不均衡という発想が科学以前の思考の名残であり、体液のバランスで健康を説明しようとした古い理論に似ている、というものです。バランスという概念は、有用な微生物研究にとって無関係であるばかりか、むしろ注意をそらしかねない、とされています1。

    翌2017年、フックスとオマリーは mBio で、この言葉が実際にどう使われているかを大量に集めて分析しています。彼らは定義と概念的な記述を分類し、ディスバイオシスの使われ方が持つ問題含みの含意を、とくに因果に関する仮説と、正常・異常の区別の点から指摘しました2。

    この言葉が抱える困りごとは、次のように整理できます。ある人の細菌叢(腸にいる細菌の集まり)が「崩れている」と言うためには、崩れていない状態が定義されている必要がある。ところが健康な腸内細菌叢の定義は、まだ合意されていません。基準がないまま、差異があること自体が「崩れ」と呼ばれてしまいます。

    もうひとつは因果の方向です。病気の人と健康な人で細菌叢が違うという観察は、どちらが先かを教えてくれません。関連と因果の距離が、ここでも問題になります。

    菌は、文脈によって働きが変わる

    二つに分けにくいもうひとつの理由は、同じ菌でも条件で振る舞いが変わることです。

    同じ菌種でも、株が違えば性質が異なります。プロバイオティクス(生きた菌を摂る製品)の効果が菌株ごとに評価されるのは、この違いが実際に効いてくるからです。

    また、単独では問題を起こさない菌が、宿主の状態や他の菌との関係によって振る舞いを変える場合があります。腸のバリアが健全なときと、そうでないときで、同じ菌の意味合いが変わります。

    「良い菌」「悪い菌」という固定的なラベルは、この条件依存性を落としてしまう。落としているからこそ分かりやすいのですが、その分かりやすさが判断を歪めることもあります。

    では、何も言えないのか

    ここまで批判ばかり並べましたが、分かっていることもあります。

    特定の病原体が問題を起こすことははっきりしています。抗菌薬の使用が細菌叢に大きな変化をもたらすことも観察されています。食物繊維の摂取量が構成と代謝に影響することも、繰り返し報告されています。

    批判されているのは、これらの個別の知見ではなく、「善玉が多くて悪玉が少ない状態が良い」という一元的な物差しのほうです。ブリュソウは2020年の総説で、この概念の曖昧さを整理しつつ、その使い方に注意が必要だと論じています3。

    実際、一般向けの解説では「良い菌を取り入れる」という言い方がよく使われます。次の動画は、医薬基盤・健康・栄養研究所の國澤純副所長が、発酵食品と食物繊維、そして菌がつくる物質までを12分で話しているものです。55万回以上見られています。


    ここで話されている中身は、食物繊維が何を増やし、その菌が何をつくるか、という「何をしているか」の話です。分けて聞くなら、「良い菌」という言い方は入口の言葉で、中身は菌の働きの話をしているということになります。

    フックスとオマリーの結論も、言葉を捨てろというものではありません。この分野が予測の範囲と説明の深さを高めていくために、研究者はディスバイオシスをどう語るかを注意深く省みるべきだ、というものです2。

    日常での受け取り方

    「ガスが溜まって張る」という症状を例にとると、菌の善悪では説明しきれません。ふくらみの多くは、中身が増えたからではないと報告されています。

    この話が実際に効いてくるのは、製品や検査の説明を読むときでしょう。

    「悪玉菌が多い」と示されたとき、何と比べて多いのかが問題になります。比較の基準になる「正常な状態」が定義されていなければ、その判定は解釈の一つにとどまります。

    また、「善玉菌を増やす」とうたわれている場合、どの菌をどれだけ増やすと何が変わるのかまで示されているかを見たい。菌種名だけでなく株名が書かれているか、その株で何が調べられているか。ここまで辿れると、話の解像度が上がります。

    そして、菌の数を直接動かそうとするより、食事の内容や薬の使用といった、自分で把握できる要因から考えるほうが、いまの研究水準とは相性がいい。細菌叢は結果として動くもので、つまみを直接回せる対象ではありません。

    単純な物語を手放したあとに

    手放したあとに残るものがあります。菌の善悪は決着していませんが、腸が出口であることは決着しています。

    医学の教科書は、胆汁を「腎臓でろ過または排泄できない脂溶性物質の主要排泄経路」とし、そこへ出されるものに重金属を名指しで挙げています。そして経口で入った金属の大部分は、そもそも吸収されずに便として通過します。

    「腸内環境」という言葉のうち、いま数字で確かめられるのは、菌の構成ではなく通過のほうです。

    善玉と悪玉という物語には、はっきりした利点があります。何が起きているかを説明でき、何をすればいいかも決まる。それを手放すと、しばらく落ち着きません。

    ただ、その落ち着かなさは、実際の複雑さに近づいたことの反映でもあります。腸の中で起きていることは、まだ研究者にとっても輪郭がはっきりしていません。分かりやすい図式のほうが先にあって、実態の理解が追いついていない、という順序になっています。

    「腸活」という言葉には、確かめられる度合いの違う4つの目的が混ざっています。分けると、公的な目標量があるものと、判定する物差しがまだないものに分かれます。

    参考文献・参考資料

    1. Olesen SW, Alm EJ. Dysbiosis is not an answer. Nature Microbiology. 2016;1:16228. doi:10.1038/nmicrobiol.2016.228 https://www.nature.com/articles/nmicrobiol2016228
    2. Hooks KB, O’Malley MA. Dysbiosis and Its Discontents. mBio. 2017;8(5):e01492-17. doi:10.1128/mBio.01492-17 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/29018121/
    3. Brüssow H. Problems with the concept of gut microbiota dysbiosis. Microbial Biotechnology. 2020;13(2):423-434. doi:10.1111/1751-7915.13479 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7017827/

    本記事は概念と研究状況の整理であり、特定の製品・検査の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 牛乳でお腹がゆるむとき、やめる前に確かめること

    牛乳でお腹がゆるむとき、やめる前に確かめること

    牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする。同じものを同じ量だけ飲んで、何ともない人がいます。この差がどこから来るのかは、はっきり分かっています。

    この差はどこから来るのでしょうか。乳糖不耐症は、機序がはっきり分かっている数少ない「食べると不調」の例で、しかも人類の歴史とつながっています。少し寄り道しながら見ていきます。

    大人になると、酵素は減るのが標準だった

    大人になって乳糖を分解しにくくなるのは、異常ではありません。標準的な発達の経過にあたります。

    乳糖を分解する酵素はラクターゼと呼ばれ、小腸で作られます。哺乳類はどの種も、乳を飲む乳児期にはこの酵素を活発に作り、離乳後はその働きが低下していきます。これが本来の姿です。

    むしろ、大人になってもラクターゼを作り続ける体質のほうが、後から生じた変化です。この体質は「ラクターゼ持続(lactase persistence)」と呼ばれています。

    言葉の順序が逆転していることに気づくと、この話は見え方が変わります。「乳糖不耐症」という呼び名は、飲めることを基準にした呼び方になっています。

    よく見る「世界の3分の2」を、そのまま使えない理由

    「乳糖を分解できない人は世界人口のおよそ3分の2」。日本語の記事で頻繁に見かける数字ですが、その出典となった2017年のメタ解析は2025年1月に撤回されています3。そのため、この記事では世界全体の推定値を挙げません。

    ここで言葉を分けておきます。乳糖吸収不良(lactose malabsorption)は乳糖が消化吸収されない状態を指し、乳糖不耐症(lactose intolerance)はそれによって症状が出ている状態を指します。吸収不良があっても症状が出ない人はいます。この二つは同じではありません。

    体質の違いは、遺伝子の一箇所から

    なぜ人によって違うのか。この問いには、かなり具体的な答えがあります。

    エナッタらは2002年、フィンランドの家系を調べ、この体質を決めている場所をゲノム上のごく狭い区間まで絞り込みました。見つかったのは、ラクターゼを作る遺伝子そのものではなく、その少し手前にあるDNAの一箇所の違いです。この一箇所が、大人になっても酵素を作り続けるかどうかとぴたりと対応していました2。

    興味深いのは次の点です。この多型が互いに遠縁の複数の集団に見られることから、著者らはこの変異が非常に古いものだと述べています2。

    この体質は、酪農が始まったあとに広がったものです。約7,500年前の中央ヨーロッパあたりが起点と推定されています。体質の分布に、歴史がそのまま残っている形です。

    牛乳で不調になることは、その人の体に問題があることを意味しません。祖先がどこで暮らしていたかの反映という側面があります。

    同じ体質でも、症状の出方が違う理由

    ここまでは遺伝子の話ですが、実際の症状はそれだけでは決まりません。

    ミッセルヴィッツらは2019年、Gut に乳糖吸収不良と乳糖不耐症についての総説を発表しています。そこでは、乳糖不耐症が起こる可能性は乳糖の量・ラクターゼの発現・腸内細菌によって決まる、と整理されています1。遺伝子は3つのうちの1つでしかありません。

    ひとつは量の問題です。ラクターゼの働きが弱くても、少量なら処理できます。コップ1杯で症状が出る人もいれば、コーヒーに入れる程度なら問題ない人もいる。免疫が関わる食物アレルギーとは違い、不耐症は量に依存しやすいのです。

    もうひとつは、一緒に食べるものです。食事と一緒に摂ると、胃からの排出が緩やかになり、症状が出にくくなることが知られています。

    そして、分解されなかった乳糖は大腸に届き、腸内細菌によって発酵されます。ここで生じるガスや短鎖脂肪酸が症状に関わります。だとすれば、どういう細菌がいるかによって出方が変わることになります。実際、乳製品を継続して摂ることで症状が軽くなる場合があると報告されていますが、この適応の仕組みや再現性については、まだ検討の途上にあります。

    もうひとつ、乳糖の消化とは別の経路があります。ミッセルヴィッツらの総説は、不安や過敏性腸症候群に伴う内臓知覚過敏がある人は、乳糖の消化能力とは独立に、乳糖不耐症の症状が出るリスクが高いと述べています1。同じ量のガスが発生しても、それをどれくらい強く感じるかには個人差がある、ということになります。

    これも踏まえたうえで、同じ総説はこうも書いています。自己申告の乳糖不耐と、客観的な検査所見と、食事を変えたときの実際の結果。この三つの関連にはばらつきがある1。「牛乳が合わない気がする」という実感が、そのまま検査結果と一致するとは限りません。逆もまた同じです。

    確かめようがある、という利点

    乳糖不耐症について特筆すべきなのは、機序が分かっていて、確認する手段があることです。

    水素呼気試験のような検査もありますし、自分で確かめる余地も大きい。乳糖を含む食品を一定期間やめてみて、症状が変わるかを見る。戻して再現するかを見る。量を変えて閾値を探る。

    一度に複数のことを変えないという原則はここでも効いてきます。牛乳とパンを同時にやめれば、どちらが効いたのか分からなくなります。

    また、乳製品を完全にやめる前に考えたいのは、カルシウムなど他の栄養をどう補うかです。多くの場合、量を減らす、発酵乳製品に変える、乳糖を分解した製品を使う、といった調整で対応できます。全部やめる必要があるかどうかは、閾値を確かめてから決めても遅くありません。

    同じ構造の糖が、ほかにもある

    乳糖は二糖類です。小腸で吸収されずに大腸へ届き、腸内細菌が発酵してガスを出し、浸透圧で水分を引き込む——この構造を持つ糖は、ほかにもあります。オリゴ糖、単糖類、糖アルコール。まとめてFODMAPと呼ばれます。

    日本消化器病学会のガイドラインは、乳糖不耐症の患者についてラクトース制限食を6週間摂取することで症状が有意に改善したという報告を挙げています。乳糖を外して症状が軽くなるかどうかは、確かめられる範囲にあります。

    「合わない」の中身が分かるということ

    この記事で見てきたものを並べると、乳糖不耐症は珍しい位置にいます。酵素の名前、遺伝子の位置、症状が出る量、確かめる検査。全部そろっています。

    「合わない食品」の多くは、ここまでそろいません。「遅延型フードアレルギー検査」が示しているのは、その食品にさらされたことまでで、欧州アレルギー臨床免疫学会は不耐症の診断には使えないとしています。

    だから、合わない食品の候補が何十品目も並んだときにやることは、この記事と同じ形に近づけることです。1品目を選ぶ。量を決める。やめて、戻す。期限を先に決めて、変化を比べる。

    乳糖不耐症で分かっているのは「乳製品がダメ」ではなく、「この量までなら出ない」という線でした。他の食品でも、探しているのは同じ形の線です。

    食べ物で不調が出るとき、原因が特定できることは実は多くありません。多くは、症状のパターンから推測するところで止まります。

    乳糖不耐症は、その中で例外的に、酵素の働き、遺伝子の多型、症状が出る条件、確認の手段が揃っています。だからこそ、他の「なんとなく合わない」と同列に置かないほうがいいでしょう。

    同じものを食べて反応が違うという現象そのものは、乳糖に限りません。量・消化吸収・腸内細菌・感じ方という4つの要素のうち、乳糖不耐症は消化吸収の部分がはっきり分かっている例にあたります。アルコールを分解する酵素にも同じ構造があり、日本人の4割強が働きの低い側にいます。

    そして冒頭で見たとおり、大人になって酵素が減ることのほうが、哺乳類としては標準的な経過でした。自分の体を標準から外れたものとして扱うか、単に違うものとして扱うか。そこで、その後の対応も変わってきます。

    確かめられるのは、量との関係です。牛乳をやめるかどうかの前に、コップ半分なら平気か、1杯で来るかを分けます。ヨーグルトやチーズでは出ないなら、乳糖の量が違うためです。

    そして牛乳を減らすなら、カルシウムの供給源が1つ抜けます。日本人の平均摂取量は推奨量の65%(成人男性)で、もともと余裕がありません。小魚・大豆製品・青菜のどれかで置き換えるところまでを、同時に決めます。

    参考文献・参考資料

    1. Misselwitz B, Butter M, Verbeke K, Fox MR. Update on lactose malabsorption and intolerance: pathogenesis, diagnosis and clinical management. Gut. 2019;68(11):2080-2091. doi:10.1136/gutjnl-2019-318404 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/31427404/
    2. Enattah NS, Sahi T, Savilahti E, Terwilliger JD, Peltonen L, Järvelä I. Identification of a variant associated with adult-type hypolactasia. Nature Genetics. 2002;30(2):233-237. doi:10.1038/ng826 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/11788828/
    3. 【撤回済み】Storhaug CL, Fosse SK, Fadnes LT. Country, regional, and global estimates for lactose malabsorption in adults: a systematic review and meta-analysis. The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2017;2(10):738-746. https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/28690131/
      撤回通知:Retraction—Country, regional, and global estimates for lactose malabsorption in adults. The Lancet Gastroenterology & Hepatology. 2025;10(1):13. doi:10.1016/S2468-1253(24)00398-4 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39674208/

    本記事は機序と研究状況の整理であり、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 統合医療かどうかは、手法ではなく使い方で決まる

    統合医療かどうかは、手法ではなく使い方で決まる

    「統合医療」は、使う人によって指すものが違う言葉です。公的機関の定義から、何を含み、何を含まないのかを確かめます。

    この言葉は、使う人によって指すものが違います。西洋医学に代わる何か、と受け取る人もいれば、東洋医学のことだと考える人もいる。実際にはどちらとも少し違っていて、この言葉には比較的はっきりした定義があります。

    用語を整理することは、それ自体が目的ではありません。ただ、何を指しているのかが曖昧なままだと、期待するものと実際に受けられるものがずれます。ここでは、公的機関がこの言葉をどう定義しているかを確認しておきます。

    「一緒に使う」か「代わりに使う」か

    米国国立補完統合衛生センター(NCCIH)は、この分野の用語を整理した文書を公開しています。そこでの区別は、驚くほど単純です。

    主流でないアプローチを、通常医療と一緒に使う場合、それは「補完的(complementary)」。通常医療の代わりに使う場合は「代替的(alternative)」。分ける基準は、手法の中身ではなく、通常医療との関係です1。

    同じ鍼灸でも、標準的な治療と併用すれば補完的であり、標準治療をやめて代わりに行えば代替的になります。呼び名を決めているのは手法ではなく、標準治療と一緒に使うか、代わりに使うかです。

    そのうえで「統合的ヘルスケア(integrative health)」は、通常医療と補完的アプローチを協調のとれたかたちで結びつけるものとされています。複数の介入を組み合わせること、そして人を全体として捉えるケアを目指すことが強調されています1。

    ここから分かるのは、統合医療が「通常医療を置き換えるもの」としては定義されていない、ということです。定義上、通常医療は前提として含まれています。

    何が含まれるのか

    NCCIHは補完的アプローチを、主にどこから働きかけるかで三つに分けています。ハーブ・ビタミン・サプリメント・プロバイオティクスなどの栄養的なもの、マインドフルネスなどの心理的なもの、マッサージや脊椎マニピュレーションなどの身体的なもの1。

    加えて、心理と身体を組み合わせたもの(ヨガ、太極拳、鍼灸)、心理と栄養を組み合わせたもの(マインドフルな食事)といった複合的な分類も置かれています1。

    この一覧を見て気づくのは、範囲がかなり広いことです。科学的な検討が進んでいるものと、ほとんど検証されていないものが、同じ枠の中に同居しています。「統合医療にはエビデンスがある/ない」という言い方が噛み合わないのは、これが特定の手法を指す言葉ではなく、使い方の呼び名だからです。

    「西洋医学 対 東洋医学」で考えると、何が見えなくなるか

    日本では、この分野が東西の対立として語られることが多くあります。近代医学と伝統医学、部分を診る医学と全体を診る医学、というように。

    この対比が広まった理由は分かります。実際、身体をどう捉えるかについて、体系ごとの違いはあります。ただ、この図式を前提にすると、いくつか見落としが生じます。

    ひとつは、上で見た定義が地理や伝統ではなく、通常医療との関係で線を引いていること。マインドフルネスも脊椎マニピュレーションもサプリメントも、東洋のものではありません。

    もうひとつは、検証のされ方が体系ごとにまとまっているわけではないこと。漢方の中にも、比較的検討が進んでいるものとそうでないものがあります。近代医学の中にも、高い確実性の根拠を欠く介入は多く残っています。確からしさは体系の名前ではなく、一つひとつの方法ごとに違います。

    三つめは、対立図式にすると「どちらを選ぶか」という問いになってしまうこと。定義上、統合医療は選択の問題ではなく、組み合わせ方の問題です。

    期待と実際のあいだ

    日本では、厚生労働省が「統合医療」に関する情報発信事業(eJIM)を運営し、補完・代替療法とどう向き合い利用したらよいのかを考えるための、エビデンスに基づいた情報を紹介しています2。公的機関がこうした情報提供を行っていること自体が、この領域の性質を表しています。すでに使っている人がいる。だから、勧めるのでも禁じるのでもなく、判断できるだけの情報を出す。そういう立場です。

    その立場は、eJIM自身の3分の解説でも確かめられます。


    実際、統合医療に関心を持つ理由は人によってかなり違います。標準治療で十分に改善しない症状がある。副作用の負担が大きい。数値だけでなく生活全体を見てほしい。原因がはっきりしないまま経過している。

    これらはどれも切実な動機で、否定されるべきものではありません。ただ、動機が切実であることと、選んだ方法が効くことは別の話になります。

    何かを試して調子が良くなったとき、それがその方法に固有の効果なのかどうかは、考えてみると意外に切り分けが難しいものです。ここで働きやすいのが、確実性への期待でしょう。標準的な医療で「はっきりしない」と言われた人にとって、明快な説明を提示してくれる場所は魅力的に映ります。ただ、説明が明快であることと、根拠が強いことは関係がありません。むしろ、まだ分かっていない領域ほど、断定的な説明が現れやすいのです。

    統合医療の中にも、そういう語られ方をするものがあります。定義に照らせば通常医療と協調するはずのものが、実際には代わりに使われている場合もあります。

    確かめられそうなこと

    何かを検討するとき、確認しやすい点がいくつかあります。通常医療と併用する前提になっているか。標準的な治療をやめることが条件になっていれば、それは定義上「代替的」であって統合的ではありません。

    主治医と共有できる形になっているか。何を、どれくらい、いつから使っているかを伝えられる状態なら、相互作用や重複を確認できます。主治医に言いにくいと感じるなら、なぜそれを使っているのかが自分の中でも整理できていない可能性があります。

    そして、その手法について何がどこまで調べられているか。同じ「統合医療」の枠にあっても、検証の進み具合はまったく違います。枠ではなく、個々の手法で見るしかありません。

    言葉が広いままだと、判断もできない

    統合医療という言葉は、幅が広い。だからこそ、この言葉のまま賛成も反対もできません。含まれているものが違いすぎるからです。

    この考え方が、日本の診療ガイドラインの側から求められている例もあります。起立性調節障害は身体疾患に分類されたうえで、心理社会的な要因を含めて包括的に評価することが求められています。身体か心かで分けない、という姿勢がガイドラインに書かれている珍しい場面です。

    NCCIHの定義に立ち返れば、この言葉が言っているのは「組み合わせて、協調させる」という一点です。何を組み合わせるかは、そこには含まれていません。中身は、その都度こちらが確かめることになります。

    いま関心を持っている方法があるなら、それは通常医療と並べて使うものとして提示されているでしょうか。それとも、代わりに使うものとして語られているでしょうか。この一点を見るだけでも、置かれている場所は見えてきます。

    この媒体が、どこに立っているか

    この記事の基準は、この媒体自身にも当てはめます。

    me:LABは、バイオレゾナンス検査(RESONA-LAB)とサプリメントを提供する株式会社bio medicalが運営しています。同社の監修医師は、表参道ウェルネス統合医療クリニック院長の森嶌淳友医師です(運営について)。

    だから、この記事で書いた3つの確認点は、そのまま自社に返ってきます。通常医療と併用する前提になっているか。主治医と共有できる形になっているか。何がどこまで調べられているか。

    この媒体で、書いていることと書いていないこと
    立場
    検査結果の医学的解釈 書きません。報告書自身が「疾病の診断や治療を目的とするものではない」と記しています
    標準的な治療の代わり 置きません。服用中の薬を自分の判断で減らさないよう、繰り返し書いています
    書いているもの 公的機関・学会・教科書にある数字と、その出どころ。入口・上限・半減期のように、確かめられる形のもの
    書けないもの 特定の製品が何かを改善するという主張。その形式の根拠が存在しないため

    「統合医療だから良い」も「統合医療だから怪しい」も、この記事の立場ではありません。枠ではなく、個々の手法について、どこまで数字があるかを見る。それだけです。

    確かめ方は2つです。まず、いま使っているものが標準治療と併用なのか、代わりなのか。ここで補完的か代替的かが決まります。呼び名を決めているのは手法ではなく、この関係のほうでした。

    次に、その手法単体について誰を対象に、何と比べて、どれくらいの差なのかを探します。「統合医療」という枠に答えはありません。答えがあるのは、鍼なら鍼、サプリメントならその成分の側です。

    参考文献・参考資料

    1. National Center for Complementary and Integrative Health (NCCIH), National Institutes of Health. Complementary, Alternative, or Integrative Health: What’s In a Name? 2021年4月更新. https://www.nccih.nih.gov/health/complementary-alternative-or-integrative-health-whats-in-a-name
    2. 厚生労働省『「統合医療」に係る情報発信等推進事業』(eJIM)https://www.ejim.mhlw.go.jp/

    本記事は用語の整理であり、特定の療法の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 同じものを食べても反応が違う。自分の場合をどう知るか

    同じものを食べても反応が違う。自分の場合をどう知るか

    健康の情報は、たいてい「人は」という主語で語られます。ただ、その平均どおりに反応する人が何割いるかは別の話です。自分の場合をどう確かめるかを整理します。

    集団を調べれば平均は出ますし、平均は判断の出発点になります。ただ、その平均どおりに反応する人が何割いるかは、別の話です。「自分の体を知る」が意味を持つのは、このずれのところです。

    同じものを食べても、同じことが起きるとは限らない

    この話を具体的にしてくれる研究があります。

    ゼエビらは2015年、800人を対象に連続血糖モニタリングを行い、46,898食分の食後血糖の反応を測定しました。そこで観察されたのは、同一の食事に対する反応が人によって大きく異なるということでした。著者らはこの結果から、普遍的な食事推奨の有用性には限りがあるかもしれない、と述べています1。

    ある人にとって血糖を大きく上げる食品が、別の人ではそれほど上げない。パンとバナナのどちらが上げやすいかさえ、人によって逆になりうるのです。「この食品はGI値が高い」という一般則が、個人の反応をそのまま説明するわけではありませんでした。

    研究チームはさらに、血液指標・食習慣・身体計測・身体活動・腸内細菌のデータを統合する機械学習アルゴリズムを作り、個人ごとの食後血糖反応を予測できることを示しました。この予測は独立した100人のコホートでも検証され、アルゴリズムに基づく盲検無作為化介入では、食後の血糖の上がり方がはっきり小さくなり、腸内細菌の構成にも一貫した変化が見られました1。

    ここで気をつけたいのは、この研究が示したのは「個別化は可能かもしれない」という方向性であって、「個別化された食事が長期の健康を改善する」ことではない、という点です。測られたのは食後血糖の反応であり、観察期間も限られています。個別化栄養は有望ですが、確立した実践にはまだなっていません。

    平均は、誰のものでもない

    この隙間は、健康診断の基準範囲にもそのまま現れます。「異常なし」が答えている問いは、思っているより狭いものです。

    この現象自体は、血糖に限った話ではありません。

    集団の平均値は、その集団を要約するには優れていますが、特定の一人を表しているわけではありません。全員が平均から少しずつ違う方向にずれていれば、平均に近い人はむしろ少数になります。

    研究が集団を対象にするのは、そうしないと偶然と区別できないからです。個人の変化だけを見ていては、それが介入によるものか、たまたまかを判定できません。集団を見る方法論は必然であって、その結果として「平均の人」という架空の人物が生まれます。

    だから「エビデンスに基づく」ことと「自分に合っている」ことは、自動的には重なりません。EBMの定義に患者自身の価値観が含まれていたのは、この隙間を埋める部分が最初から必要だと分かっていたからでしょう。

    では、個人について何が分かるのか

    個人の反応を確かめる方法論も、実は存在します。

    N-of-1試験と呼ばれるもので、一人の患者の中で、複数の治療期間を無作為な順序で繰り返し、その人自身における効果を比較します。ドゥアンらは2013年、この手法を患者中心の比較効果研究のための実践的な臨床意思決定の方法論として整理しています2。

    集団のRCTが「平均としてどうか」を答えるのに対し、N-of-1試験は「この人にとってどうか」を答えようとします。同じ無作為化という道具を、対象を変えて使っています。

    もっとも、この方法が使えるのは条件が限られます。症状が慢性的で安定していること、効果が比較的早く現れて中止すれば戻ること、繰り返しの測定ができること。急性の病気や、不可逆な介入には向きません。

    この個人差は、日常の体感にも現れます。食後に眠くなるかどうかが人によって違うのも、同じ話の一部です。

    今日から自分の反応を知る、素朴な方法

    N-of-1試験を自分でやるのは現実的ではありません。ただ、その考え方の一部は日常に持ち込めます。

    体質の違いがはっきり分かっている例としては乳糖不耐症があり、自分で閾値を確かめる余地も比較的大きい領域です。手順としては、次のようなことが効いてきます。ひとつは、一度に一つだけ変えること。サプリメントと運動と睡眠時間を同時に変えれば、何が効いたのかは分からなくなります。これは関連と因果を分ける話と同じ構造で、変数が増えるほど切り分けは難しくなります。

    もうひとつは、比較できる期間を持つことです。「調子がいい」だけでは、何と比べていいのかが分かりません。やめてみる期間、戻してみる期間があると、変化の輪郭が見えてきます。

    そして、変化には時間差があります。食後すぐに出るものもあれば、数日後に出るものもある。記録に時刻が入っていると、この差に気づけます。

    知ることの限界も、知っておく

    ここまで書いておいてなんですが、自分の体について分かることには限界があります。

    体調は多くの要因で動きます。季節、睡眠、ストレス、感染、加齢。ある変化を一つの原因に帰属させたくなりますが、たいていは複数が重なっています。

    測れるものが、大事なものとは限らないという問題もあります。数値化しやすい指標に注意が向き、数値化しにくい変化が見落とされます。体重や血糖は測れますが、集中が続くかどうかや、朝起きたときの感覚は測りにくいものです。後者のほうが本人にとって重要な場合もあります。

    そして、記録すること自体が負担になることもあります。すべてを測ろうとすると、体調に注意を向け続けることになり、それが疲れを生む場合がある。何を測らないかを決めることも、同じくらい実務的な判断になります。

    個人差の中身が、分かっている部分もある

    「人によって違う」は、たいてい曖昧なまま終わります。ただ、中身が酵素名と頻度まで分かっている領域もあります。

    日本人1,003人について5つの薬物代謝酵素の遺伝子型を調べた研究では、理論上483通りの組み合わせのうち139通りが実際に見つかりました。お酒の処理についても、日本人の4割強が働きの弱い側にいることが分かっています。

    個人差があると分かっていることは、「だから確かめる意味がある」という向きに効きます。平均の話が自分に当てはまらないことは、実際にあります。

    「自分の体を知る」を、少し具体的にする

    一つ変えて確かめるときに、抜けやすいものが1つあります。いつまでやるかです。

    医療の中には、その形が実際にあります。皮膚科が金属制限食を指導するときは「2ヶ月続けて無効であれば速やかに中止する」と決められています3。始めるときに、やめる条件が一緒に決まっている。

    期間の長さは、変えるものによって変わります。体内の水銀の量が半分になるまでは約2ヶ月。睡眠の変化なら、もっと短い単位で見えます。

    変えるもの・見るもの・いつまで。この3つが決まっていると、効かなかったときに戻せます。決まっていないと、効いたかどうかも分からないまま続きます。

    結局のところ、この言葉が指しうるものは複数あります。

    検査の数値を知ること。日々の変化のパターンを知ること。何をすると調子が崩れやすいかを知ること。医療者に説明できる形で症状を把握していること。どれも「知る」ですが、必要な手間も、得られるものも違います。

    どれが自分にとって役に立つかは、いま何に困っているかによります。困っていることが特にないなら、網羅的に測る必要もありません。逆に、繰り返す不調があるなら、網羅的に測るより、その一点だけを丁寧に記録するほうが役に立ちます。たとえば頭痛なら、薬を飲んだ日にしるしをつけるだけで、診療の判断に直接使える記録になります。

    参考文献・参考資料

    1. Zeevi D, Korem T, Zmora N, et al. Personalized Nutrition by Prediction of Glycemic Responses. Cell. 2015;163(5):1079-1094. doi:10.1016/j.cell.2015.11.001 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/26590418/
    2. Duan N, Kravitz RL, Schmid CH. Single-patient (n-of-1) trials: a pragmatic clinical decision methodology for patient-centered comparative effectiveness research. Journal of Clinical Epidemiology. 2013;66(8 Suppl):S21-S28. doi:10.1016/j.jclinepi.2013.04.006 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/23849149/
    3. 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf

    本記事は考え方の整理であり、特定の検査・食事法の推奨や、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 「遅延型フードアレルギー検査」を受ける価値はあるか

    「遅延型フードアレルギー検査」を受ける価値はあるか

    食べ物による不調は、免疫が関わるものと、関わらないものに分かれます。前者がアレルギー、後者が不耐症。原因が違うので、調べ方も対応も別です。

    そして「遅延型フードアレルギー検査」が示しているのは、その食品にさらされたことです。欧州アレルギー臨床免疫学会は、これを生理的な反応であるとし、不耐症の診断には使えないとしています。

    ある食べ物で決まって調子が悪くなる。お腹が張る、頭が重くなる、肌が荒れる。その原因を絞るには、まずこの分かれ方から入ります。

    大きな枠から見ていく

    食べ物によって起きる好ましくない反応は、まとめて「食物過敏(food hypersensitivity)」と呼ばれます。この大きな枠が、免疫が関与するかどうかで二つに分かれます。

    免疫の反応が関わっている場合が「食物アレルギー」で、関わっていない場合が「食物不耐症」です。同じように「合わない」という体験でも、体の中で起きていることは別物になります。

    欧州アレルギー・臨床免疫学会(EAACI)が2023年に発表した命名法に関する position paper では、過敏反応がIgEを介するもの、IgEを介さない細胞性のもの(Tリンパ球などが関わる)、そして免疫機序を伴わない非アレルギー性のもの、に区分されています1。

    食べ物による不調の大きな分かれ方
    食物アレルギー 食物不耐症
    免疫の関与 ある ない
    主な機序 IgE を介する反応/IgE を介さない細胞性の反応/両者の混合 酵素の不足、薬理作用、消化・吸収の問題など
    量との関係 ごく少量でも起きうる 量に依存することが多い
    重篤な反応 アナフィラキシーが起こりうる 通常は生命に関わらない

    この違いのうち、実生活で効いてくるのは「量との関係」かもしれません。少量なら平気で、たくさん食べると具合が悪くなる、という経験は不耐症の側で起きやすいものです。逆に、ごくわずかでも反応が出る場合は、免疫が関わっている可能性を考えることになります。

    ただし、これはあくまで傾向であって、この違いだけで自己判断するのは難しいところです。アレルギーの診断には、症状の経過を丁寧に聞き取ったうえで、検査や、必要に応じて負荷試験を組み合わせる手順があります。

    不耐症は、ひとつの現象ではない

    「食物不耐症」という言葉は、免疫が関わらないものをまとめて指しているだけで、中身は一様ではありません。

    代表的なのは、乳糖を分解する酵素の働きが弱いために起きる乳糖不耐症です。これは酵素の問題で、機序がはっきりしています。

    食品に含まれる特定の成分が薬理的に作用して症状を起こす場合もあります。消化や吸収のしくみに関わる場合もあります。腸内で発酵しやすい糖質が関わっているとする考え方もありますが、腸内細菌叢について何がどこまで分かっているかは、それ自体がまだ流動的です。

    機序が特定できているものと、症状のパターンから名前がついているだけのものが、同じ「不耐症」という言葉で並んでいます。この点は知っておくと、情報を読むときの助けになります。

    「遅延型フードアレルギー検査」を受ける前に知ること

    ここは触れておく必要があります。食べ物と不調の関係を調べたい人が、まず出会いやすい検査だからです。

    血液中の食物特異的IgG、あるいはIgG4を測って「隠れたアレルギー」を調べるとされる検査が、自費で広く提供されています。ただし、この検査については主要な学会が明確な見解を出しています。

    EAACIのタスクフォースは2008年、食物に対するIgG4検査を診断ツールとして推奨しないという報告を発表しました。報告によれば、食物特異的IgG4の存在は、その人の体が食品成分に繰り返しさらされ、免疫系がそれを異種タンパク質として認識したことを示しています。それは過敏を引き起こす因子ではなく、むしろ制御性T細胞の活動と結びついた免疫学的な寛容の指標と考えられます2。

    結論として、食物特異的IgG4は食物アレルギーや不耐症が差し迫っていることを示すものではなく、食品成分への曝露後の生理的な反応であり、したがって食物アレルギーや不耐症の検査として無関係であり、食物関連の訴えがある場合に行うべきではない、とされています2。

    カナダアレルギー臨床免疫学会も2012年に同様の立場表明を出しています3。

    原因の分からない不調が続けば、何かに当たりを付けたくなります。ただ、この検査が拾っているのは曝露です。食べたことがあるかどうかを見ているので、結果の一覧は「体に合わないもの」の一覧にはなりません。

    除去食を始める前に

    始める前に決めておくものが1つあります。やめる条件です。

    皮膚科が金属アレルギーで金属制限食を指導するときの記載が参考になります。「2ヶ月続けて無効であれば速やかに中止する」「厳格すぎる制限は微量元素欠乏症をきたす可能性があるため避ける」4。

    除去は、始めるより終えるほうが難しくなります。期限を先に決めておくと、効かなかったときに戻せます。

    特定の食品をやめる前に、二つ確かめます。

    実際、盲検下で確かめると、症状と「原因として名指しされた食品」の対応関係はしばしばずれます。除去を始める前に、その対応関係を疑う余地があります。

    検査結果や自己判断をもとに、特定の食品を長期間やめる人は少なくありません。ここには見落とされやすい負担があります。

    ひとつは栄養面の偏りです。乳製品や小麦、卵といった食品群をまとめて外すと、補う設計をしないと不足が生じうるのです。

    もうひとつは、生活上の負担でしょう。外食も、人との食事も、献立を人に頼むことも難しくなります。EAACIの報告も、臨床的な裏づけのない検査で診断を下すことが、患者の生活の質に深刻な悪影響を及ぼしうると指摘しています2。

    そして、複数の食品を同時にやめると、何が効いたのかが分からなくなります。原因を探すはずが、かえって特定しにくくなる。ひとつずつ変えることの意味は、関連と因果を分ける話と同じ構造にあります。

    まだ整理されていない領域

    正直なところ、この分野には未確定の部分が広く残っています。

    機序が特定されていない不耐症について、どう診断するかの標準的な手順は確立していません。多くは、食べたときの症状の記録と、除去と再導入を管理しながら行う方法に頼っています。客観的な検査で決着がつく領域ではないのです。

    症状には心理的・生理的な要因も絡むため、食品そのものの影響だけを取り出すのは簡単ではありません。二重盲検での食品負荷試験が使われるのは、そのためです。

    体験そのものは実際に起きています。分かっていないのは、その仕組みのほうです。

    記録が、いちばん確かな材料になる

    検査で答えが出ない以上、残るのは自分の記録です。何をどれだけ食べて、どれくらい経ってから、どんな症状が、どのくらい続いたか。

    面倒ですが、この粒度まで来ると自分で判断できます。「小麦が合わない気がする」では次の一手が決まりません。「うどんを一人前食べた2〜3時間後に、決まって腹部の張りが出る。少量のパンでは出ない」まで書ければ、次に確かめるのが量なのか、小麦そのものなのかが決まります。

    量との関係、時間差、再現性。この三つが分かるだけで、免疫が関わる話なのか、そうでないのかの見当もつきやすくなります。

    量・時間差・再現性。この三つは、検査なしで自分で詰められます。検査結果をそのまま受け取るより、こちらのほうが確かです。

    参考文献・参考資料

    1. Jutel M, Agache I, Zemelka-Wiacek M, et al. Nomenclature of allergic diseases and hypersensitivity reactions: Adapted to modern needs: An EAACI position paper. Allergy. 2023;78(11):2851-2874. doi:10.1111/all.15889 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/37814905/
    2. Stapel SO, Asero R, Ballmer-Weber BK, et al. Testing for IgG4 against foods is not recommended as a diagnostic tool: EAACI Task Force Report. Allergy. 2008;63(7):793-796. doi:10.1111/j.1398-9995.2008.01705.x https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/18489614/
    3. Carr S, Chan E, Lavine E, Moote W. CSACI Position statement on the testing of food-specific IgG. Allergy, Asthma & Clinical Immunology. 2012;8(1):12. doi:10.1186/1710-1492-8-12 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3443017/
    4. 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf

    本記事は、アレルギーと不耐症という用語と、それぞれの検査の整理です。個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 「デトックス」の広告を、どう見分けるか

    「デトックス」の広告を、どう見分けるか

    体が不要なものを処理する仕組みは実在します。そしてその働きは、材料で決まります。第II相でくっつける材料が足りなければ、処理は滞ります。

    つまり「出す力」は、汗や断食で上げるものではありません。足りていれば回り、足りなければ落ちる。断食で「臓器を休ませる」という発想が据わりが悪いのは、材料まで減るからです。

    一方、商品や施術の「デトックス」に物質名が書かれていないなら、出たかどうかは誰にも確かめられません。この二つは、同じものを指していません。どこで食い違うのかを見ていきます。

    体は、外から入ったものをどう扱っているのか

    食べ物や薬、環境中の化学物質など、体の外から入ってきた物質は、まとめて「異物」と呼ばれます。これらの多くは脂に溶けやすい性質を持っていて、そのままでは尿に混ぜて捨てられません。水に溶けにくいものは、腎臓でろ過されても再吸収されてしまいます。

    そこで体は、化学的に作り変えてから捨てるという方法をとっています。この作業を担う肝臓と腎臓が実際に何をしているのかは、別に整理しました。この一連の変換は生体内変換(biotransformation)と呼ばれ、大きく二つの段階に分けて説明されるのが一般的です1。

    第一相では、分子に手をかけて反応しやすい部分を作ります。第二相では、そこに別の分子をくっつけて水に溶けやすくします。こうして水に馴染む形になったものが、尿や胆汁を通って外へ出ていきます1。

    注意したいのは、第一相の生成物が必ずしも無害ではないことです。反応性が高まった中間体が、かえって毒性を持つ場合もあります。「解毒」という言葉から連想される、毒を無毒にする一方向の作業とは、少し様子が違います。処理経路であって、浄化装置ではありません。

    「毒素が溜まる」と言うとき、何が想定されているのか

    デトックスをうたう情報の多くは、体内に何が溜まっているのかを具体的に述べません。「毒素」「老廃物」といった言葉が使われますが、何という物質で、どこに、どれだけあるのかは示されないことが多いのです。

    実際に体内に蓄積し、測定もできる物質は存在します。残留性有機汚染物質と呼ばれる一群や、鉛・カドミウム・水銀・ヒ素といった重金属がそれにあたります。これらは脂肪組織や骨に長くとどまることが知られていて、量を測る方法もあります。

    そして、輪郭のない「毒素」と決定的に違う点がもう1つあります。これらには、時間の数字があります。

    厚生労働省は水銀について、「体内に取り込まれた水銀は代謝、排泄されます。その体内に取り込まれた量が半分にまで減少する期間は約2ヶ月です」と書いています4。だから同じ文書は、妊娠に気づくのが遅れた場合について「妊娠に気づいた段階から水銀の摂取量をコントロールすることで一定の効果が期待される」としています。

    ニッケルについても数字があります。経口で入った量のうち腸から吸収されるのは1〜10%で、90〜99%は便として出ていきます5。

    「溜まる」と「出る」は、物質ごとに速さが分かっているということです。何日で半分になるか、何割が吸収されるか、どこから出ていくか。輪郭のない「毒素」には、この数字がありません。入口ごとの一覧は別に整理しました。

    「溜まるものがある」こと自体は事実です。問題は、その具体的な物質の話と、輪郭のない「毒素」の話が、同じ言葉でつながれてしまうところにあります。

    デトックス食は、実際に検証されているのか

    市販のデトックス食については、これを支持する臨床的な根拠はきわめて乏しい。2015年に発表された総説の結論です2。デトックス食が必要なのか、何を含むのか、効果があるのか、危険はないのかを検討したものです。

    市販のデトックス食が肝臓の解毒を高め、残留性有機汚染物質を排出したとする臨床研究はいくつか存在します。ただし著者らによれば、それらは方法論に欠陥があり、標本数も小さいとされます。コリアンダー、海苔、オレストラといった食品に解毒作用を示唆する予備的な知見もありますが、その大半は動物で行われた研究です2。

    そして、著者らの知る限り、市販のデトックス食の有効性を評価した無作為化比較試験は行われていません2。

    ただし、市販品ではない定量された介入では、人での無作為化試験があります。大気汚染の大きい地域で291人を対象に行われた12週間の試験で、ブロッコリースプラウト飲料を飲んだ群はベンゼン由来の代謝物の尿中排泄が61%増えました。測っているのは尿に出た量で、健康アウトカムではありません。

    動物での結果を人に当てはめるときに何が起きるかは別の記事で扱いましたが、ここでも同じことが起きています。仕組みとしてありうる話が、人で確かめられないまま製品の説明になっています。

    汗については、意見が割れている

    「汗をかいて出す」という考え方は特に広く共有されています。この点は研究のあいだでも評価が分かれていて、片方だけを紹介すると誤解を招きます。

    シアーズらは2012年、ヒ素・カドミウム・鉛・水銀の汗中濃度を報告した研究を系統的に集め、122件から24件を選んで統合しました。結果として、曝露や体内蓄積が多い人では、汗の濃度が血漿や尿の濃度を上回ることが一般的であり、皮膚からの1日排泄量が尿からの排泄量に匹敵する、あるいは上回る場合があると報告しています3。

    著者らは、発汗は有害元素の排出手段として検討に値するとしつつ、適切な規模の試験を含む研究が、安全で効果的な手順を確立するために必要だと結論しています3。

    ただし、この総説自体が指摘しているとおり、対象集団も汗の採取方法も濃度も研究によって大きく異なります。汗に含まれる濃度が高いことと、体全体の負荷を意味のある程度まで下げられることは、別の問題です。汗として出る量には限りがあるので、濃度ではなく総量を見ないと判断できません。

    現時点で言えるのは、汗に有害元素が含まれること自体は複数の研究で観察されている、というところまでです。それが健康上の意味を持つ規模なのかについては、まだ答えが出ていません。

    そしてもう1つ、同じレビューが書いていることがあります。汗の金属は、血漿由来だけでなく、皮膚の層に由来するものも含まれます。だから「汗に出た」ことは、「体の中から出てきた」ことと同じではありません。

    肝臓と腎臓は、休ませるものなのか

    デトックスの説明でしばしば見かけるのが、「臓器を休ませる」という表現です。

    ただ、肝臓や腎臓は、断食や特定の食事によって作業を止めたり再開したりする器官ではありません。異物の処理は常時進行していて、むしろ栄養状態が悪くなると、第二相でくっつける材料のほうが足りなくなります。何かを控えることが処理能力を高めるのか、下げるのかは、控える内容によって変わります。

    この点についても、大規模な検証はほとんど行われていません。「休ませたほうがいい」も「休ませないほうがいい」も、現時点では十分な根拠を伴っていないのです。

    言葉を分けてみる

    ここまでを踏まえると、「デトックス」という一語が、少なくとも三つの別の話を抱えていることが見えてきます。

    「デトックス」という言葉が指しうる三つの水準
    水準 内容 現在の位置づけ
    生理学的な生体内変換 第一相・第二相を経て異物を水溶性にし排泄する仕組み 確立した知見。ただし常時働いており、外から起動するものではない
    特定物質の体内蓄積 重金属や残留性有機汚染物質など、測定可能な物質の負荷 存在は確認されている。減らす方法の有効性は検証途上
    商品としてのデトックス デトックス食・飲料・施術など ヒトでの無作為化比較試験は行われていない2

    この三つが同じ言葉でつながれているために、確立した生理学の話が、そのまま商品の裏づけとして流用されてしまいます。「肝臓には解毒の仕組みがある」は正しい。しかしそれは、ある製品がその仕組みを高めることの根拠にはなりません。

    では、どう考えておくか

    「たくさん飲んで出す」も、出どころは同じくらい曖昧です。その数字の出どころを辿ると、意外な経緯が見えてきます。

    デトックスをうたう情報に触れたとき、確かめられることは多くありません。それでも、何を出すと言っているのかは探せます。物質名が具体的に書かれているか。どこで測ったのか。比較対象があるのか。

    物質名が示されないまま「毒素」とだけ書かれている場合、その主張は検証のしようがない状態にあります。何が減ったかを測れないので、効いたかどうかを誰も確かめられません。検証されていないことと、効果がないことは別ですが、確かめようのない主張は、判断には使えません。

    気になる曝露が具体的にある場合──職業上の接触や、住環境の懸念など──は、汎用の「デトックス」ではなく、その物質の測定と評価が先になります。何を減らしたいのかがはっきりしていれば、方法の検討もできます。

    そして手をつける順番もあります。仕組みそのものは、物質名まで分かっています。第I相はシトクロムP450による酸化、第II相でグルクロン酸や硫酸をくっつけて水に溶ける形にする。そして水に溶けない物質は、胆汁に乗って便から出ていきます。

    入口ごとの数字と、出す側の仕組みは、入ってくるものと、出す力にまとめています。

    参考文献・参考資料

    1. Phang-Lyn S, Llerena VA. Biochemistry, Biotransformation. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 最終更新 2023年8月14日. https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK544353/
    2. Klein AV, Kiat H. Detox diets for toxin elimination and weight management: a critical review of the evidence. Journal of Human Nutrition and Dietetics. 2015;28(6):675-686. doi:10.1111/jhn.12286 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/25522674/
    3. Sears ME, Kerr KJ, Bray RI. Arsenic, cadmium, lead, and mercury in sweat: a systematic review. Journal of Environmental and Public Health. 2012;2012:184745. doi:10.1155/2012/184745 https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3312275/
    4. 薬事・食品衛生審議会食品衛生分科会乳肉水産食品部会「妊婦への魚介類の摂食と水銀に関する注意事項」平成17年11月2日(平成22年6月1日改訂)およびQ&A https://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/syoku-anzen/suigin/dl/index-b.pdf
    5. 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf

    本記事は用語と研究状況の整理であり、特定の製品・施術の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。

  • 「腸内環境を整える」で、実際に何をすればいいか

    「腸内環境を整える」で、実際に何をすればいいか

    「腸内環境を整える」とよく言われます。ただ、整った状態が何を指すのかは、たいてい書かれていません。研究がどこまで来ていて、何なら言えるのかを整理します。

    この言い方は、ヨーグルトの広告にも、食物繊維の話にも、体調が優れないときの助言にも出てきます。

    ただ、整えた先にどういう状態を目指しているのかは、たいてい書かれていません。何が「整った」状態なのか。それは誰が、どうやって決めているのか。この問いは素朴に見えて、研究者のあいだでも決着していません。

    「健康な腸内細菌叢」の定義が、まだない

    「健康な腸内細菌叢」に、合意された定義はまだありません。

    「健康なマイクロバイオームとは何か」を正面から検討した2021年の総説は、こう締めくくっています。重要で一見単純に見える問いだが、その答えは複雑で、絶えず精緻化を必要としている1。2024年の検討も同じ困難を指摘しました2。

    理由のひとつは、比べる相手が定まらないことです。見かけ上健康な人どうしでも細菌叢はかなり違い、年齢・食事・薬・住む場所でも変わります1。もうひとつは、まだ見えていない住人がいることです。腸内にはウイルスや真菌など、特徴づけられていない微生物が多数いて、それらの役割はほとんど分かっていません1。

    「どういう菌がいるか」から「何をしているか」へ

    定義は決まっていませんが、研究は止まっていません。「どういう菌がいるか」ではなく「何をしているか」で捉えようとする方向が、近年の一つの流れになっています。

    腸内細菌は誰がいるかは人によって大きく違うが、何をしているかはそれほど違わないことを示す比較図
    菌の種類の構成は人によって大きく違う一方、その集団が果たしている機能の構成は個人差が小さいことが、複数の解析で報告されています。だから「誰がいるか」より「何をしているか」で見るという発想が出てきました。

    もう一つよく用いられるのが、外部からの撹乱にどれだけ耐え、元の状態にどれだけ戻れるかという見方です。抗菌薬や食生活の急変といった揺さぶりを受けたあと、どの程度復元するか。どんな菌がいるかより、揺さぶられたあとに元へ戻れるかを見る、ということです。

    いずれも有力な考え方ですが、確立した基準として使えるところまでは来ていません。「あなたの腸内環境は整っている/いない」を判定する物差しは、いまのところないのです。

    「何をしているか」で見るとはどういうことか。腸内細菌研究の内藤裕二教授が、短鎖脂肪酸と胆汁酸を軸に12分で話しています。


    「善玉菌・悪玉菌」で考えると、何を見落とすか

    日本で広く使われているこの区分は、分かりやすく、長く使われてきました。ただ、実際の菌はそれほど単純に振る舞いません。

    同じ菌種でも、株が違えば性質が変わります。宿主の状態や、共存する他の菌との関係によって、働きが変わることもあります。同じ菌が、条件によって役に立ったりそうでなかったりします。善玉・悪玉という固定的な二分法は、そうした条件依存性を捨象しています。この分け方が研究の側でどう問い直されているかは別に詳しく書きました。

    そう考えたくなる理由はよく分かります。腸の中は見えないし、単純な区分がないと話しようがない。ただ、この区分を前提にすると「善玉菌を増やせば整う」という結論に自動的につながってしまいます。実際には、増やすべき菌が一意に決まっていないことのほうが、現状に近いのです。

    プロバイオティクスは、菌株ごとに別のもの

    ここが、製品を選ぶときにいちばん効いてきます。

    国際プロバイオティクス・プレバイオティクス学会(ISAPP)が2014年にまとめた合意声明は、プロバイオティクスを「適切な量を摂取したときに宿主に健康上の利益をもたらす生きた微生物」と定義しました3。

    この声明が強調しているのが、効果の菌株特異性です。病原体の抑制のように多くの株に共通する機構もありますが、それ以外の効果は株ごとに異なるため、株それぞれについて根拠が必要になります。同時にパネルは、乳酸や酢酸といった有機酸の産生のように、ビフィズス菌属や乳酸桿菌属の大半の種に共通する機構もあることを認めています3。

    また、プロバイオティクスと呼ぶには、意図された用途において安全であり、株レベルで同定できる明確な実体でなければなりません。定義されていない混合物は含まれないのです3。

    ここから導かれることは、日常の判断にそのまま効きます。ある菌株で示された結果は、同じ菌種の別の株には自動的には当てはまりません。「乳酸菌がいい」という言い方は、株の違いをまたいだ一般化になっています。

    製品を見るときに確かめられるのは、菌種名だけでなく株名まで書かれているかどうかです。株名まで特定できれば、その株について何が調べられているのかを辿れます。

    まだ分かっていないこと

    この分野は動きが速く、確定した部分より流動的な部分のほうが多くあります。とくに大きいのが二つです。

    原因なのか、結果なのか。細菌叢の変化が病気を起こしているのか、病気の結果として変化しているのかは、多くの疾患でまだ決着していません。関連が見つかることと、原因だと分かることのあいだの距離が、この領域には特に色濃く出ます。

    誰に効くのかが読めない。同じ食品を摂っても、細菌叢の反応は人によって異なることが観察されています。事前に予測する方法は、まだ確立していません。

    それでも言えそうなこと

    ここまで「決まっていない」が続きましたが、分かっていることもあります。

    食物繊維の摂取量が細菌叢の構成と代謝に影響することは、繰り返し観察されています。抗菌薬が一時的に大きな変化をもたらすことも分かっています。極端に偏った食事が細菌叢の多様性を下げることも報告があります。方向性としては、ある程度の一致があります。

    ただ、それは「特定の製品を摂れば整う」という主張とは別の話です。前者は集団で観察された傾向で、後者は個人への効果の約束になっています。

    言葉を、少しだけ具体的にしてみる

    もう1つ、「整える」の中に入れられていないのに、はっきり分かっている働きがあります。腸は、出口です。

    ニッケルの場合、経口で入った量のうち腸から吸収されるのは1〜10%で、90〜99%は吸収されずに便として出ていきます4。加えて、肝臓が処理して尿からは出せないと判断したものも、胆汁に乗って腸へ送られてきます。医学の教科書は、そこへ出されるものに重金属を名指しで挙げています。

    菌の構成が「良い状態」かは決着していませんが、通過が滞っているかどうかは、決着を待たずに分かります。国際的な診断基準は、回数・いきみ・硬さ・残便感など6項目で見ています。

    「腸内環境を整える」の中で、いま数字で確かめられるのはこちら側です。

    「腸内環境を整えたい」と思ったとき、その中身を一段具体的にできると、考えやすくなります。

    便通のことなのか、食後の張りのことなのか、体調全般のことなのか。特定の食品を食べたときに決まって起きる不調であれば、アレルギーと不耐症の区別から入ったほうが早い場合もあります。目指しているものが違えば、確かめるべき研究も変わります。「腸内環境」という一語で括られているあいだは、何が改善したのかも判定できません。

    そして、菌の名前で考えるより、食事の内容や薬の使用歴といった、自分で把握できることから見ていくほうが、いまの研究水準では確実です。細菌叢は結果として動くもので、直接つまみを回せる対象ではないからです。

    整えるという言葉は、どこかに正解の状態があることを前提にしています。研究の現状はまだそこまで来ていません。何を良くしたいのかを自分の言葉にするところから始めて、十分です。

    参考文献・参考資料

    1. Shanahan F, Ghosh TS, O’Toole PW. The Healthy Microbiome—What Is the Definition of a Healthy Gut Microbiome? Gastroenterology. 2021;160(2):483-494. doi:10.1053/j.gastro.2020.09.057 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/33253682/
    2. Joos R, Boucher K, Lavelle A, et al. Examining the healthy human microbiome concept. Nature Reviews Microbiology. 2025;23(3):192-205. doi:10.1038/s41579-024-01107-0 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/39443812/
    3. Hill C, Guarner F, Reid G, et al. The International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nature Reviews Gastroenterology & Hepatology. 2014;11(8):506-514. doi:10.1038/nrgastro.2014.66 https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/24912386/
    4. 足立厚子「金属アレルギーの対処法〜全身型金属アレルギーを中心に〜」アレルギー 2020;69(3):169-173. https://www.jstage.jst.go.jp/article/arerugi/69/3/69_169/_pdf

    本記事は用語と研究状況の整理であり、特定の製品・食品の推奨や否定、個別の診断・治療に代わるものではありません。